第36話 リンシャン・ソード・マーシャル 前編

 リンシャン・ソード・マーシャル……彼女は、主人公ダンにとってはチョロインとしてゲームに登場する。


 そのためゲーマーたちからは簡単に攻略できるので、興味の対象としては人気が薄い。

 個性豊で、見た目も可愛いヒロインが多く登場するためそちらに人気が集まった。

 そのためリンシャンは、他の女性を選ばなければ簡単に手に入るチョロイン認定されてしまっている。


 だが、ボクは彼女を嫌いではない。

 今のボクには厄介な相手だが、推しているキャラだった。


 本来の彼女は……最高の良妻なのだ。


 ふっ、ついドヤ顔をしてしまった。


 どうせダンを愛し続けるからだろうと思うかもしれないが違うのだ。


 いや、もちろん夫に一途に尽くし、子供を心から愛する素晴らしい女性であることは間違いない。


 ダンとのエンディングはまさにそのような映像になる。


 故に愛する者の言葉を何よりも大切にしてしまう。

 今は、ダンが夫になったわけではないため、マーシャル家の家族が言うことを鵜呑みにする。


 ただ、リュークに(くっ、殺せ)と言わされて処女を散らされたリンシャンは……


 相手がリュークであっても、良妻を発揮する。


 立身出世パートでは、ダンに選ばれなければキモデブガマガエルであるリュークの子を身籠り、ダンの敵として現われる。


 キモデブガマガエルのリュークが強引に彼女を手に入れたとしても、リンシャンは初めてを捧げた相手を夫として認める。

 最後まで添い遂げ、子供の母としてリュークへの気持ちを貫き通す気高き乙女になる。


 ゲーマーたちは主人公ダンがリュークを殺せば、リンシャンが戻ってくると思った……。


 しかし、リンシャンは……。


「もう遅いのだ。私の家族はこの子とリュークだけだ。ダン、貴様は夫を殺した。私は死んでもお前のモノにはならない」


 斬首され、業火で焼かれ行くリュークと共に最後を添い遂げてくれる姿は、今も脳裏に焼き付いている。


 彼女は良い意味で一途な性格の乙女キャラなのだ。

 夫だけに尽くすダメンズ製造機とも言う。

 その心は清らかで、悪い男にも尽くしてしまう。


「開始!!」


 開始の合図と共にルビーが肉体強化を使いながら相手の死角に向かって走り込む。


「ふんにゃ」

「舐めるな!」


 対応したリンシャンではあったが、さらにルビーの速度が上がっていく。


「無理にゃ」

「ぐっ!シールド」


 攻撃が防ぎきれなくなり、リンシャンが属性魔法を使う。これもルビーが上。

 リンシャンは本来タンクとして、攻撃を耐え続ける役目を持つ。速度では絶対にルビーに勝てない。


「甘いにゃ《風》よ!吹くにゃ!」


 死角から属性魔法に襲われて、リンシャンがバランスを崩す。

 リンシャン本来の戦い方が違う。ボクなら彼女に合わせた指示が出せるのに……


「スキありにゃ」

「まだだ!」


 防御に全神経を集中して視野が狭くなっている。

 判断が遅い。何より防御の範囲が狭い。

 それではスキが出来る。ルビーはそれを見逃さない。


「だから、甘いにゃ」


 寝転ぶようにリンシャンの懐に潜り込んだ。

 ルビーの身体は猫と同じく柔らかく、その体勢からでも攻撃を行うことが出来る。

 逆立ちするように下から突き上げる蹴りによって、リンシャンの顎を蹴り上げて脳を揺さぶる。


「終わりにゃ」

「勝者ルビー!これにより個人成績ランキングを変動します」


 シーラス先生の勝利宣言。

 倒れたリンシャンの姿を見て、ボクは観客席から立ち上がる。


「勝ったにゃ!」

「よくやった」


 勝利を喜ぶルビーの頭を撫でてやり、リンシャンへと近づいていく。


「デスクストス君。何をするつもりですか?」


 ボクの行動を警戒するシーラス先生が問いかけてくる。


「医務室に連れて行くだけです。闘技場の中にあるのでしょ?」

「……あるわ……お願いできるかしら?このことは学園長に報告するけれど?」

「かまいません」


 ボクはバルを召喚してリンシャンを浮き上がらせる。


「その魔法は……いえ、デスクストス君。お願いしますね」


 シーラス先生が闘技場を後にした。

 ボクは視線をチームメンバーに向ける。


「ルビー、ミリル、今日は解散だ」

「はいにゃ」

「わかりました!」


 二人とも従順に言うことを聞くので、扱いやすくて助かる。


 エロゲーの世界であれば、ダンに選ばれなかったリンシャンは、立身出世パート前にリュークと決闘して敗北する。

 その後は、リュークによる拷問シーンに入り(くっ、殺せ)という定番セリフに入っていくわけだ。


 倒したのはボクではないし、拷問するつもりもない。

 ただ、男性として女性を医務室まで運んでいくだけだ。

 それはボクの推しへの配慮でしかない。


 医務室に向かう途中、ダンが駆けつけてきた。


「……リューク・ヒュガロ・デスクストス。姫様は負けたのか?」


 見れば分かることを問いかけてくる。


「ボクにではないけどね」

「戦いを挑まれたんじゃないのか?」

「断ったよ。代わりにルビーが戦った」


 主人公ダンとマトモに会話をするのは、これが初めてのことだ。

 もっと熱血漢に溢れた猪突猛進なタイプで、突っかかってくるかと思っていた。

 意外にも冷静な対応に拍子抜けしてしまう。


「そうか」

「意外だな」

「うん?ああ、デスクストスには迷惑をかけたと思っている。すまない」


 ダンは入学式に行った、ランキング戦のことを謝罪した。


「ふむ。どういう心境の変化だ?」


 ボクはダンが何かを企んでいるんじゃないかと勘ぐってしまう。


「別に何も心境は変わってねぇさ。元々、デスクストス公爵家は姫様の敵で、いつかはあんたを倒すことに変わりはねぇよ」


 倒すと言いながら全然敵意を感じない。


「だけど、あんたは思っていた嫌な貴族じゃない!

 むしろ、努力して、俺よりもずっと先を歩いているスゲー奴だ。今の俺じゃあんたには勝てない。

 それにあんたは敵だが、筋は通っていることは理解している」


 本当に意外な奴だ。

 主人公ダンの言葉に、ボクは口元に笑みを浮かべてしまう。


「バカに毛が生えたようだな」

「うるせぇよ」

「マーシャル嬢のことは君に託すとしよう」


 バルによって浮かせていたリンシャンをダンの腕へと下ろす、これが本来の姿だ。

 未だに眠り続けるヒロインを受け取る姿は、物語の主人公だ。


「ありがとう。姫様はちょっと頭が固いかもしれねぇが、あんたは悪い奴じゃねぇと俺は思う。

 あんたを越えるために俺は鍛え続ける。

 姫様は家の事情もあるから無理かもだけど、自重させるように言っておくよ」


 どうにもお人好し過ぎる主人公の態度が気持ち悪い。


「……お前にボクの何が分かる?」


 魔力を最大限放出させて、殺意と威圧をもってダンを見る。


「嫌な奴じゃない?勘違いするなよ。下郎が!」


 唾を飲み込むダン。


 最大限魔力を放出するのは初めてだが、紫の光が柱となって吹き上がる。


 ダンはボクの正面に立ちながら、視線を逸らさない。

 奴なりの覚悟があることを証明する。


 くくく、面白い。


 これでこそ物語の主人公だ。


 バカな猪武者などは取るに足らない。


 だが、主人公として努力して成長するならば演じてやろう。


「ボクは、あくまで怠惰な悪役貴族だ。それだけは忘れるな」


 魔力を収めたボクは、ダンから視線を逸らして反対方向へ歩き始める。


「とんでもねぇな」


 ダンから聞こえてきた声に応じることはない……


 

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