第150話 父と娘

《sideリンシャン・ソード・マーシャル》


 剣帝杯が終わりを迎えて、二年次の学園から去った。

 今年は王都を離れて、マーシャル領へと帰郷する。

 旅はガッツ兄上と一緒であり、マルリッタも同行している。


「ガッツ様、お疲れではありませんか?」

「うむ、問題ない。マルリッタはどうだ?」

「はい。大丈夫です」


 仲睦まじく話をする二人が私の正面に座っている。

 二人を見ていると、ついリュークのことを思い出してしまう。

 今頃、リュークは何をしているだろうか?できるならば共に年越しを迎えたかった。


 今の家同士の関係では、それも難しい。


 兄上とマルリッタは上手くいっているようだ。

 女騎士マルリッタは、慎ましやかで配慮が出来る女性だ。

 自分は正妻ではないと言って、ガッツ兄上の後ろを付き従っている。


 年下ではあるが尊敬できる女性だと思っている。


 ガッツ兄上は、私とリュークのことを知った後も、私のことを心配してくれた。


「リュークは凄い男だ。俺では測ることはできなかった。今後次第にはなるが、リンシャンが幸せになることを俺は心から願っている」


 剣帝杯後に、ガッツ兄上にかけられた言葉に私は驚いた。

 リュークが兄上と、何か話をしたことだけは伝わってきた。


 これまで恋愛に疎かった兄上がマルリッタを得て、リュークを認めたのは私にとっては一歩前進だと思える。


 後ろを走る馬車には、ダンとハヤセが同行している。

 本来は、ダンも騎士たちと共に馬で移動をする予定だった。

 だが、母上からの手紙でハヤセを同行させ馬車を用意したと連絡が届いた。


 恋愛脳を持つ母からすれば、二人の女子は格好のターゲットなのだろう。


 此度は、騎士たちの護衛を引き連れてマーシャル領に戻ることになった。

 それは迷いの森に不穏な気配がすると連絡を受けたからだ。


 すでに父上と母上が領へ戻っていて対処はしてくれている。


 だが、年始までに父上は王都へ出向かなければならない。

 王へのご挨拶に行くためだ。

 私たちが戻ることで、父上に王都へ戻ってもらうため、私たちは帰郷を急ぐことにした。


「よくぞ戻った!」


 雪道が続くマーシャル領は、安全を考慮して一ヶ月ほどの道のりを進むはずだった。

 しかし、此度は急ぐため三週間ほどでマーシャル領ソードの街へ辿りついた。

 ソードの街は雪がつもり、領地から見える迷いの森にも雪が積もっていた。


「父上、お久しぶりです」

「うむ。我が子たちよ。こうして顔を合わせられたことを嬉しく思う」


 領地に戻っていた父上は疲れた顔をしておられた。

 連日魔物の数が増えているそうだ。

 領地で起きている出来事が父上の心労になっているご様子だ。


「まぁまぁまぁ、手紙で聞いていたけど。ふふふ、あなたがマルリッタさん?」

「はっ、はい」

「ふふ、とても美しい子ね。ガッツもやるじゃない」

「母上!!!」


 母上は相変わらず恋愛脳を全力で発揮しておられる。

 マルリッタとハヤセを見て上機嫌だ。


「それに、あなたがハヤセさん?」

「はいっす!マーシャル夫人」

「ふふふ、ダンも隅に置けないわね。一年前はガッツも、ダンもそんな素振りもなかったのに、一気に二人がお嫁さん候補を連れてくるなんて、私は嬉しいわ」


 父上はダンと私を結婚させたかったようなので、ハヤセの存在に微妙な顔をしている。


「一先ず、みんな荷物を片付けて食事にしましょう」


 マルリッタやハヤセも同じ席について、にぎやかな夕食が始まった。


 母上が二人へ質問するので、終始会話が途切れることなく楽しい食事であった。


 夕食が終わって、私は久しぶりに訪れた自室で一息ついていると……


 ーーコンコン


「はい」

「リンシャン。私だ」

「お父様?」


 私は声の主を部屋へと招き入れました。

 父上が私の部屋にやってくるのは珍しいことです。


 ガッツ兄上や、ダンが帰ってくると男同士で剣の稽古を始めてしまって、私が話したいときは稽古に混ざることでしか会話をする機会などはありはしない。


「すまないな。夜分に訪れて」

「夜分というほど遅くはありませんよ。ですが、珍しいですね。お父様が私の部屋に来るなんて」

「うむ……」


 父上は、言葉を濁した。

 私は椅子を勧めてリュークに教えてもらったハーブティーを入れる。


「いい香りだな」

「スッキリとしていて、気持ちを落ち着けてくれるそうです」

「そうか……いつの間にか子供たちは、大きくなっていくのだな」

「ふふ、どうされたのですか?父上も十分にお若いではありませんか?」


 父上は40歳を超えた程度で、王国騎士団最強だと言われている。


「うむ。リンシャン。お前は良いのか?」

「何をでしょうか?」

「ダンのことだ。私はダンをお前の婿に考えていた。だが、ダンを見ているとハヤセ嬢と過ごしているのは楽しそうであった」

「はい。二人は相思相愛だと私も思っております」

「それではリンシャン、お前は」


 父上はダンケルク殿への恩で、ダンを息子のように可愛がっておられる。

 それは悪いことではない。私も家族として、今しばらくは過ごしていたい。


 もしも私の気持ちを伝えたら、父上はどう思うだろうか?


 きっと、私の気持ちは一生を好きな者と添い遂げて生きたいと決めている。


 リュークが、どんな道を歩もうと私はリュークの側で死のう。


「私には心に決めた方がいます!」


 真っ直ぐに父上の瞳を見つめて私が宣言すると、父上は一瞬だけ驚いた顔をして深々と息を吐きました。


「やはりそうなのか………」

「知っておられたのですか?」


 父上から出た言葉が意外だったので、私は驚いてしまった。


「あいつがな」


 母様が…… 


 父上に話してくださっていたのですね。


「私は……」

「お前たちのことを見ていなかったのかもしれない」


 父上は窓の外に視線を向ける。

 窓の向こうは、雪が降り始めていた。

 夜の静けさは、大人になってから初めて、父上と向き合って話す時間をくれた。


「父上、私たちは大人になります。自分の道は自分で選びたいと思っています」

「そうか。親とは寂しいものだな。巣立っていく子供達を見送ることしかできない」

「マーシャル家はガッツ兄上とマルリッタが継いでくれるのでしょう。ダンとハヤセも騎士として家を支えてくれます」


 私は少し冷めてしまったハーブティーに口を付ける。


「リンシャン。お前はどうするのだ?」

「私は自らが心に決めた者と共に死にたいと考えております」

「マーシャル家の教え通りなのだな」

「はい。父上と母上のように私は私の決めた者と生きます」

「そうか、すでに心を決めているのだな?」

「はい」


 父上は、しばらく沈黙して深々と息を吐いて立ち上がりました。


「一つだけ教えてくれ」

「なんでしょうか?」

「リンシャンは家族を斬ることが出来るか?」


 きっと、母上から私が好きになった相手のことを聞いてきたのだろう。

 父上がここまで覚悟を持って問うてくれたのか、私にはわからない。

 だけど、その覚悟に応える気持ちは私には出来ている。


「それが我が心に決めた人が望むことであれば」

「そうか」


 父上はそれ以上語ることなく部屋を出た。


 ただ最後に………


「お前の望む道が我らと別れることだけを祈ろう」


 そう言った父の背中はどこか寂しく見えた。


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