第六章 来訪者

第184話 他国の人々 1

【side メイ皇女】


 鮮やかな白の着物を着た美しい少女は藍色の髪を掻き上げながら苛立った様子で目の前の老人を見ていた。


「博士、魔王の存在が確認されたそうよ?」

「そうらしいのぅ」

「一刻の猶予もないのではなくて?」

「わかっておるよ。しかしのぅ、まだメイ皇女殿下の鎧は試作段階なんじゃよ。試運転やテストをしなければ使い物にはならんわい」

「急いで頂戴ね。近いうちに搬入ができるように手配はしておいてほしいの」

「うむ。これは数名が怪我をせねばならんかのぅ」


 白衣を纏った老人と、その周りで忙しく動き回る研究者たちに見送られて研究所を後にした。


「メイ皇女様。勝手に動かれては困ります」

「ヤマト近衛隊長、遅いわね。あなたならわかるでしょ? 今は一刻を争うのです」

「存じておりますが、気を急かしても詮無きことかと」

「それでも急かさなければなりません。彼の地は魔が住まう地です。武装もなく飛び込むなど自殺行為です」

「我々が、皇女様をお守りいたします」


 メイ皇女よりも頭二つ分ほど身長が高いヤマトと呼ばれた男は甲冑に腰には刀を携える。困った顔でメイ皇女を嗜める。だが、そんなことで止まる皇女ではない。

 魔王出現の報告は、隣国に住まう者にも伝えられており、このタイミングで起こったことに作為的な意味合いも考えてしまうのだ。


「どうして、私が王国へ留学することが決まった年に、こんなことが起きるなんて。妹のココロは私が守らなければなりません」

「留学中は学園だけでなく、王国貴族の内情を調べる大事なお役目もあります」

「本当にどうしてなんでしょうね。もう一年ずらしてくれれば、そうすればこんなにも急かすことはなかったのに」

「魔王は天災の一種だと考えられます。いつ起こるのか、どうやって生まれたのかわかってはおりません」


 ヤマトの言葉を聞いて、メイ皇女は深々と息を吐いた。

 

「一先ず辺境伯へ文を出しておいて頂戴。近いうちに訪問させて頂くと」

「かしこまりました。皇女様方の護衛騎士の選別も終わっております。皇女様の護衛騎士は私が務めさせて頂きます」

「あなたが? どういう風の吹き回しかしら? 王国へ行くことを拒否していたと聞いたけれど」

「申し訳ありません。ですが、魔王の出現と同時期に他にもいくつか気になる要素が生まれましたので」

「気になる要素? 第一王子のユーシュン様、次期騎士団長のガッツ殿以外に何かあるというの? まさか宰相候補のテスタなどではありませんわよね? あれは魔に名を連ねる者ですよ」


 メイ皇女の驚きに対して、ヤマトは首を横に振り、王国でも名を馳せる三名の若き獅子たちの話ではないと否定を表す。


「いえ、ガッツ殿の陣営ではありますが、絆の聖騎士。またをヘンタイダ剣士?と言う妙な男が聖剣を手にしたと伝え聞いております」

「聖剣? ヘンタイダ剣士? 悍ましい気分になる呼び名ね。聖剣とは、あの魔王を倒せると言う聖剣かしら?」

「そうです。世界各国に七本しかないと言われているあの聖なる武器の一つです」

「あなたの腰に携える、聖なる刀が反応したと言うことかしら?」


 今度は肯定を意味するように首を縦に振るヤマトに、メイ皇女は深々と息を吐いた。


「魔王の出現、相次ぐ聖なる武器保持者の登場。同じく聖なる武器を保持する国も魔王出現の報告は受けているでしょうね。今後は魔王対策は世界各国の課題になるでしょう」

「はい。王国の様子も少し変化が見られています。魔に名を連ねる者たちが暗躍していると言う噂もあります」

「デスクストス公爵家。あの家は、得体が知れないわね。本来であればアレシダス王国を牛耳る力を持っているのに、宰相に甘んじて何を考えているのかしら?」

「王国を取り囲む皇国や帝国、それに教国が小競り合い程度で手出しできない理由の一つですからね」


 魔王の存在、各貴族の連携。高ランクのダンジョン所持など。

 王国には問題が多すぎるため各国は手出しをすることを躊躇ってしまう。


「ですが、動乱が起きるのであれば、我が国だけでなく帝国も黙ってはいないでしょう」

「はい。イシュタロスナイツが動くかも知れません」

「それは! 本当に頭が痛くなってきたわ。厄介な話ね。カンスト者100名を相手にしても一人のナイツで圧倒できる猛者たち。特殊な武器に選ばれ、序列一位、序列二位、新たな序列者となった序列五位の三人は聖なる武器を保持しているとも聞くわね」

「帝国は広く、小国を吸収しておりますからね。近いうちにこの大陸も帝国がどこまで統一するのか」


 前門の魔王、後門の帝国。皇国とっては頭の痛い話が続く。


「一先ず、私とココロは王国へ留学することになります。その時に武装鎧神楽ブソウヨロイカグラは実践で使えるようにしていなければなりません。王国の魔法とは違って、我々皇国の陰陽術は準備が不可欠ですからね」

「はっ!メイ皇女のバックアップ用の侍衆、忍び衆にはすでに伝達を終えております」

「王国には、マイド大商店がすでに潜伏しているわね。一度挨拶に行かなければね」

「はっ!手配をしておきます」

「国同士が同盟を結んでいると言っても、油断しないようにしましょう」


 メイ皇女は、遠くに見える星々を見つめ、王国で待ち受ける苦難に思いを馳せた。

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