第254話 チャレンジャー

《sideジュリア・リリス・マグガルド・イシュタロス》


 帝王からの呼び出しを受けたのは、午後の昼下がりの時間だった。

 最近の私は、訓練よりも知識を蓄えることが多くなっていた。

 それは王国に出向いた際に戦略で負けてしまったことに起因する。


 帝国内部でも、軍の指揮をとって私は負けたことがない。それが帝国最強と言われるイシュタロスナイツ零でもだ。


 帝国で開発された戦略戦術ゲーム。

 現在は多くの帝国民が遊ぶゲームではあるが、その戦略戦術性は本来の戦場で兵士を動かすことと変わりなく、私は負けたことがない無敗のチャンピオンだった。


 そんな私が相手の手を読み切った上で負けた。


 もちろん、相手が得意とする戦場でハンデを与えていると言えば、言い訳になるかもしれない。

 だが、逆に相手は自分の手駒の強い者たちを私に貸し与えた。互いにハンデを背負った戦いにおいて、奴は私を負かした。


「ふぅ、何度もシミュレートしているが、どうしても奴に勝てるイメージが持てないな」


 私は廊下を歩くときにも戦術を考えるほどになった。


「ジュリアでございます」

「入れ」


 此度は謁見の間ではなく執務室に呼び出されたジュリアは、室内に入って自分以外の人物がいることに少なからず驚きを感じる。


「お呼びにより馳せ参じました」

「うむ。よくぞ参った。愛しき娘よ」


 執務室では、父上と宰相。

 それに異物とでも言うべき二人の人物が目に入る。


「今日はどのようなご用件でしょうか?」

「うむ。ジュリアは王国に潜伏して一年の時を過ごした。アンガスと共に王国内部に根を張ることに成功しておる」

「はっ!」


 リュークは私との約束守り、他の者たちに正体を明かさなかったようだ。

 だが、その後に届いたリューク訃報は、私にとって信じられないものであり、私ならばと戦略の観点から思考を巡らせたが、未だに答えは出ていない。


「そこでだ。此度はこの二人を連れて、ベルーガ辺境伯領で出向いて欲しい」

「それは、現在の王国と皇国の戦争を調査するためでしょうか?」

「それもあるが、この二人を王国剣帝杯に出場させる」


 私は先に訪れていた来客に視線を向ける。

 どちらも私と同い年ぐらいの男女だが見たことがない。


「どのような意図の元で王国の剣帝杯に出場するのですか?」

「簡単なことだ。王国に潜入調査をする際に、最も適した訪問手段であるからだ。前回は留学生という形でお主を王国は出迎えた。そして、此度は帝国の使者として剣帝杯出場者を招き入れなければならない」

「潜入ということですね?」

「そうだ。そして、潜入することで王国の正しい戦力分析と、必要な情報の収集。そして、できるのであればベルーガ辺境伯を暗殺せよ」


 帝王の言葉に空気が重くなり、二人の若者は息を呑む。


「皇国と王国の間に更なる混乱を招き入れるのですか?」

「そうだ。両国が疲弊してくれれば我々としては、ありがたい話だ。その際にやっかいになるのは、皇国と王国を左右に分けるベルーガ辺境伯に相違ない。この者のバイオレット騎士団が崩壊することで、皇国は攻めやすくなり。王国は侵入していた場所とは異なる守備側の要を失うことになる」


 帝王の言葉に私はしばし思考を巡らせる。


 現在の王国と皇国を分ける国境を守護しているのがベルーガ辺境伯が抱えるバイオレット騎士団だ。

 それは皇国へ侵略をデスクストス家が主導で動いているのに対して、ベルーガ辺境伯が皇国の侵入を阻んでいるからこそ王国が有利に戦える状況になっているのだ。


「なるほど、戦略的拠点の撃破というわけですね」

「そうだ。バイオレット騎士団全てを根絶やしにするのは面白いが、此度は当主。もしくは、それに近しい者を殺せれば、王国と皇国の戦いは激化できることだろう」


 つまり、我々は帝国からの出場者であり、皇国が仕向けた暗殺者でもあるというわけだ。


 裏から二国を操ることで、戦略的にも戦術的にも帝国は利を得られるというわけだ。


「承知しました。私が指揮を取るということでしょうか?」

「いいや。今回のジュリアは、お目付役にすぎん」

「お目付役にございますか?」

「そうだ。出場する二人の引率者であり、此度の指揮は別の者が取り仕切る」

「それは誰が?」

「今は言えぬ。だが、イシュタロスナイツであることは間違いない。お前は二人に集中して居れば良い。最悪の状況においての手札として潜入させるだけよ」


 任された者が暗殺に失敗した際の保険というわけか。


「全て承知しました」

「うむ。頼んだぞ。愛しき我が娘よ」

「はっ!」


 私が退出するのに習って、二人の若者たちも部屋から出てくる。

 二人は外に出ると膝を折って私に礼を尽くした。


「ソレイユにございます」

「ゼファーにございます」

「うむ。貴殿らのことは知らぬが、ベルーガ領までの旅は長い。旅支度を整えて、出発するのは明後日だ。よろしく頼む」

「「はっ!」」

「明後日に集合場所で落ち合おう。旅支度を進めてくれ」

「「はっ!」」


 二人は礼を尽くして立ち上がって去っていた。


 私はもう一度王国に行けることにより、私を負かした男について調べる決意をしていた。


「もしも、何か裏で糸を引いているのでれあれば、その裏すらも読み取ってくれる。私が手に入れた新たな力は、やつの小細工ではどうすることもできないぞ。リューク」


 私は楽しみな王国への旅に想いを馳せた。

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