幕間 8 走破

《sideプラウド・ヒュガロ・デスクストス》


 九十階層を超えてからは、死闘に次ぐ死闘。


 極限の戦いの中で限界を越える必要があり、それを何度も繰り返していた。


 己の限界を常に上書きしていくことになる。

 

 そうして辿りついた九十九階層は、ひ弱な人間が一人立っていた。


「何? ここまで随分と化け物ばかりだったのに、ここにきて一番弱そうな相手じゃない」

「油断をするな」

「わかっているわよ」

「ふん、どんな相手であろうと引かぬ」


 ここまで九十階層を超えてから、ずっと先陣を切っていたカウサルが九十九階層に躊躇なく入っていく。

 だが、その瞬間の扉の外へと吹き飛ばされた。


「なっ! 何よ、今の!」

「なんらかの能力だろうな。ふん」


 オレは氷の残弾を作って飛ばしてみた。


 だが、ひ弱そうに見えたボスは、こちらの攻撃を全て跳ね返すような相手だった。


「ガハハハ!」


 壁に激突して瀕死になったはずのカウサルが無傷で立ち上がる。


「面白いではないか!」


 カウサルは不退転を決めているので、一切引くことなく向かっていく。

 だが、今度は剣を地面に突き刺して、吹き飛ばされる力に耐えた。


「一度見た攻撃が二度も通じると思うなよ!」

「壁ができたわね。魔法を使うわよ」


 吹き飛ばす力に対して、全員の体重が一気に重くなる。


 アグリの、《重力》の属性魔法だ。


 部屋全体に重力によって体が何倍にも重くなり、それは相手も同じだ。

 その中で動くためには鍛錬が必要になる。

 オレたちはここまで、その鍛錬をしながら登ってきた。


「くくく! 心地いいな」

「ガハハハ! プラウドまで笑っておるか! ならば、さっさと切ってくれよう」


 二人の剣がひ弱な人間に届いた。


 だが、押し返すような圧が消えたかと思えば、今度は三つの顔に、六つの腕を持つ赤鬼の魔人が現れる。


「ちょっと! 倒したら進化したわよ!」

「そういうことか、こいつは何度か倒さなければ、終わらないタイプということだろう」

「何度かって何よ。何度殺せばいいのよ!」

「知るか! 殺せるだけ殺せ!」

「ガハハハ、強くなるなら余計に殺し甲斐があるってもんだ!」


 アグリの面倒そうな声に反論して、オレとカウサルが赤鬼へ襲いかかる。


 腕力も魔力も強い赤鬼は化け物だ。


 魔王と対峙した時よりも圧を感じる。

 

 だが、あの時のように絶対的な絶望感は感じない。

 

「お前は魔王の代替品だ!」

「ガハハハ、魔王に失礼であろう。このようなおもちゃではな!」


 確かに強い。

 だが、システムのように決められた攻撃しかしてこない。

 出力もあるので、一撃を貰えば、死ぬかもしれない。

 だが、一撃もらわなければい問題ない。


「ふん!」


 《重力》とは便利なものだ。


 アグリの攻撃が素早く重く感じるのに対して、相手は動くことが大変なほどに重圧を感じるのだから。


 我らが与えたダメージをアグリによって決着をつけられてしまう。


「チマチマ、ウザいのよ!」

「随分とご立腹だな」

「いい加減、疲れてんのよ」

「なら、終わりにしよう」


 赤鬼は真っ白な体をして神々しい姿へと様変わりしていく。


 もしも、神というものが存在したならば、このような姿をしているのではないかと思うわせる姿。


 だが、所詮はダンジョンのボスに過ぎない。


 偶像は偶像でしかない。

 模倣された神になど興味はない。


「カウサル!」

「ここは個人では厳しそうだ!」

「アグリ」

「はいはい。わかっているわよ」


 空気が変わる。


 赤鬼が魔王クラスなら、目の前にいる存在は魔王以上だ。


 圧倒的な存在感に息が苦しい。


「くるぞ!」

 

 放出されるエネルギーの集合体は、その一つ一つが致死量の威力を含んでいるというのに、全方位へ打ち続ける。

 とんでもない化け物に、カウサルが死にながらもつき進んでいく。


「ガハハハ、リセットの前には無意味無意味無意味!!!」

「《重力》は重くしたり、軽くしたりするだけじゃないのよ」


 各々が力を持って、圧倒的な力を発揮する敵からの攻撃を回避する。


 だが、ここまで剣術と双剣の力で進んで来たが、オレだけが限界が近い。


 一人だけ足手纏い? ふざけるな。


 は誰よりも強い!


「《傲慢》よ。我が道を作り出せ!」

 

 真っ赤に燃えるような魔力が噴き上がり、オレの道を妨げる物の全てを排除する。


 なぜ、オレが他の者たちを気にしなくてはならない? 《傲慢》とは、他者よりも己こそが重要であり、誰よりも優れているのはオレだ。


 カウサル? アグリ? 九十九階層の化け物? 魔王?


 バカなことを言うなよ。


 オレ以上の存在などありはしない。


「なっ! なんだ。あの禍々しい力は!」

「プラウドは使うことにしたのね。この戦いで」

「なんなんだ、あの力は!」

大罪傲慢、己が血の底に眠る呪われた力。だけど、もっとも強く、もっとも自分を見失う力。使えば使うほどに己と言う存在は変質していく」

「そんな力が!」

「あれを使えば、プラウドは強くなる。だけど、もう元のプラウドには戻れない」

「それはどういう意味だ?」


 うるさいハエ共がギャアギャアと騒いでいる。


 本当にうるさい。オレの心をざわめかせるな。


 驕り高ぶり他者を顧みない。


「そうか、我が凄すぎて褒め称えているのか、よかろう。ならば見せてやろう愚民共! の力を見せてやる」


 真っ赤に噴き上がる魔力が真っ白な化け物を飲み込んでいく。

 耐久力が強くても関係ない。

 どこまでどこまでも圧倒的な力を持って蹂躙していく。



《sideアグリ・ゴルゴン・ゴードン》


 プラウドの瞳は、先ほどまでとは異なる輝きを放っていた。

 深慮深く、驕り高ぶることはなく、己を律して、プライドが高くはありながらも努力家だったプラウドはいなくなっていた。


 己だけを見つめ、己を愛し、己こそが最強であることを証明するためだけに生きている存在。


 そう《傲慢》の化身へと変わっていくことになる。


「スゲー! 《傲慢》の力で倒しちまったぞ!」

「ええ。だけど、あの力は危険よ」


 開かれた百階層への扉。


 塔のダンジョン最終階層と言われる場所は、無人の何もないフロアだった。


【汝らに問おう。ダンジョンを統べる者は誰ぞ?】


 百階層に到達したことで、聞こえてきた声によって私たちは決別を迎えることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る