第三章 迷宮都市ゴルゴン

第88話 一つの後悔

《sideシロップ》


 私は主様のことを見誤っておりました。

 主様は大きなことを成す方だと思って仕えて参りました。


 それはきっと大人になって魔法で成功するようなことなのかな?と私なりに想像していたのです。

 ですが、私の乏しい知能では、主様の成すことを想像するなど到底無理だったのです。

 主様は遙かにスケールが大きく私の想像を遥かに超えていかれました。


 それを知るキッカケとなったのは、妾として迎え入れられることが決まっているアカリ様が誘拐されてしまったからです。私はとても動揺しました。

 ですが、主様は慌てることなく、年上であるマイド様に冷静に指示を出しておられました。それだけではありません。迅速な行動と的確な判断力によって、一日で敵を殲滅してみせたのです。


 そんなことが普通の人にできますか?もちろん、主様一人の力ではありません。

 ですが、主様という大きな一人に引き寄せられた者達が主様に力を示すように動いた結果です。


 私も主様に自分の力を見ていただきたいと働きました。


 ネズール伯爵家の人々が集めた情報を元に孤児院を調査して、奴隷紋を刻まれた子供たちを確保しました。

 傷つき、生死が危ない子がたくさんいました。

 見るも無惨で……私は何度涙が溢れてきたのかわかりません。


 ですが、主様は奇跡の力というべき回復魔法で、その子達を治してしまわれたのです。


「どうしてそんなことが出来るのですか?」

「うん?病気は完全に治すのはボクにも出来ないよ。結局は自分たちの自己治癒力でケガを治しただけだ。

 後は体力をつけるために食事を取らせてあげれば回復するかな」


 簡単なことのように言ってしまいますが、その回復魔法ですら他の者達とは性質が違うように思います。

 主様が回復魔法をかけた者は、傷の治りが早く身体の一部を失った者たちまで治してしまったのです。


 それはまさに奇跡と呼ばれる力です。

 いくら魔法でもそんなことが出来るなど誰も考えません。


「欠損してしまった部位は再生医療の応用だね……形成外科のお医者さんたちって、事故や火傷でヒドイ怪我をした人を他の組織や脂肪を使ってある程度まで治すんだよ。それをどうやっているのか考えたんだ。イメージと魔法ってやっぱり万能だよね」


 再生医療?形成外科?私にはわからない単語でしたが、たくさんの書物を読まれている主様は常に知識を蓄えているのです。

 外にも出ないで本ばかり読んでいるだけではないのだと理解させられました。


 アカリ様の居場所を誰よりも早く突き止めたのも主様でした。


 私は主様の護衛として同行を許されたため、主様に降りかかる火の粉を払う役目は、主様と散歩に行っているようで楽しかったです。


 王国の地下ダンジョンの入り口で待っているように言われました。

 これから訪れるお客人の出迎えを頼まれたので仕方ありません。


「こっ、ここにリューク・ヒュガロ・デスクストスが入っていっただろ!どこにいる?!」


 それはブフ家の残党でした。

 私を獣人のメイドとして蔑んだ瞳をしておられましたので、主様の申しつけに従い出迎えることにしました。


「誰のことを仰っているのですか?様がついておりませんよ」

「何を言っている!卑しき亜人風情が!」


 私はブフ家の残党たちを黙らせることにしました。

 うるさく叫んでいた者は、主様に会わせる資格すらありません。


 主様は教会の教えの一文から通人至上主義を消し去ってしまったのです。

 当たり前だった教えはすぐに消えることはないでしょう。亜人を蔑むのが当たり前であり、私の世代は悲しい視線を浴び続けることでしょう。


 ですが、私の子たちは亜人であっても、蔑まれない国になれるように主様がしてくれたのです。


「あなたたちはブフ家であっても人ではありません」


 私が一通り残党を黙らせると、今度は上品な衣装に身を包んだ一人の男性と……見目麗しい女性たちがやってまいりました。


「ここでリューク・ヒュガロ・デスクストス様がおられると……」

「あなたたちはどちらですか?」


 私の瞳と上品な男性の瞳が合い。彼は膝を折りました。


「リューク様の従者殿とお見受けする。私はブフ家を継ぐ者だ。リューク様に害をなすことはない。どうか謁見の許可を」


 リューク様への礼を忘れない者達……なるほど、お客様ですね。


「わかりました。許可しましょう」

「ありがたき……」


 主様が出てきて彼らと話をしました。

 アカリ様が無事で本当によかったです。


 それからはしばらく忙しい日々が続きました。


 主様は、奴隷として買われた子たちの治療と奴隷紋を消失させるために研究を始めたのです。

 新しい魔法を一ヶ月もしない間に作り上げてしまったのは昔からですね。


 奴隷魔法は呪いのようなもので、魔法をかけた者が死んでも、契約した者同士が死んでも消えることがないそうです。


 魔法を消失させる必要があり、主様の頭脳がなければ絶対に彼ら、彼女らが奴隷紋から解放されることも、消すことも、出来なかったでしょう。


 救出した子供たちの中から、見込みのある女の子を見つけました。


「クウ、いいですか?主様は絶対です!何があろうと優先しなければなりません」

「はい!主様は絶対です」

「よろしい。あなたは今年15才になるそうですね?」

「……はい。身体は小さいですが」

「それは気にしなくてもいいです。栄養が足りていなかったのです。ご飯をたくさん食べて大きくなりなさい」

「はい!カリン様のご飯、凄く美味しいです」


 可愛いらしい兎人族のクウは、主様に従順で、主様と歳も近いため、私の代わりを勤めてもらうために徹底的に教育を施しました。


「よろしい。主様にとっての一番のメイドは私です。ですが、二番はクウがなりなさい」

「はい!シロップお姉様が一番で、クウが二番になります」


 ふふ、クウには任務を与えることにしました。


 今までデスクストス公爵家からは得られなかった。

 リューク様専属メイドを学園に同行させるのです。


 本来であれば私が行きたかったのですが、年齢という制限によって主様を一人で学園へ行かせてしまったのは、私にとって後悔していることでした。


 ですから、私の後悔をクウによって晴らしてもらうのです。


「いいですか?クウ」

「はい?」

「メイドとしての全ては伝授しました。そして、戦う術も教えました。自分の命よりも主様を優先しなさい」

「かしこまりました!」

「よろしい。それでは行きますよ。クウ」

「はい。シロップお姉様」


 私たちは並んで主様の部屋をノックします。


「主様。失礼します」

「失礼します」


 私たちは主様が本を読まれる部屋に入って、左右から主様へ近づいて行きます。

 主様は本を読む手を止めて、私たちを見ました。


 私たちは主様の手が届きやすい高さに頭を合わせます。


 そして……主様が二人の頭を撫でてくださいました。

 なんと幸福なのでしょうか!主様が撫でてくれる!これほどの幸せはありません。

 クウも幸せそうな顔をしています。


 これは一番である私と、二番であるクウがしてもらえるご褒美です。


「シロップもこれをご褒美にするんだね」


 主様は呆れた様子で言葉を発しました。


 ですが、幸せで、今はこのときを大事にしたいので聞こえません。

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