第74話 母の教え
《Sideリンシャン・ソード・マーシャル』
剣帝杯を終えた私は、ダンと共に王都にあるマーシャル家の屋敷に戻ってきていた。
久しぶりに顔を合わせる家族を見て安心してしまう。
「父上、兄上、母上、お久しぶりです」
家族がこうして顔を合わせられることは幸せなことだ。
マーシャル領は、いつ魔物の行進が起きてもおかしくない。さすがに前回の行進から数年が経ち、学んだこともある。各地に国境門を作って、魔物の行進する時間を稼げるようにした。
見張り台も建てたため、ダンケルクさんのような一人にかかる負担は減り、被害を出すことは抑えられている。
「うむ、リンシャンよ。息災であったか?」
「はい、元気にしておりました」
「少し強くなったようだな」
「兄上も、また背中が遠くなったような気がします」
父上と兄上は騎士として、マーシャル領と王都を行き来している。最近、兄上は王国軍の第一部隊隊長に任命された。元帥である父上の後を継ぐために力をつけておられる。
「リン、あなた女性らしさが出てきたんじゃない?まさか、ダン君と」
「なっ!何を言われるのですか、母上!ダンとは別に何もありません」
母上はいつも恋愛話をしたがる。
騎士の家系で育った私としては、周りには男性が多かったので色恋話をする相手などおらず、家の中では母上だけがそういう話をしたがるので、少し苦手なのだ。
「ガハハハ、リンシャンにそれはないだろう。色恋よりも剣を好むのだからな」
「そうだな。リンシャンに恋は似合わんな!」
父上と兄上がデリカシー無く笑っている。
だが、二人の言う通りだ。自分でも恋などわからない。
ずっとダンと結婚するのだと思ってきた。ダンは戦友だ。背中を預け合える友として最適な相手だと今でも思っている。
私だって……ふぅ……自分は何を考えいるのだろうか……どうしてリュークの顔が浮かぶんだろう。
「ふ~ん。ねぇ、あなた」
「なんだ?」
「ダン君たちも帰ってきているのでしょ?会ってきたらどう?夕食までは時間もあるし、彼とも久しぶりでしょ?」
母上が父上にダンと会いに行くように促す。
どうしたのだろうか?まだまだ話したいことはいっぱいあるのに……
「うん?しかし、今は家族の時間を」
「いいから!ガッツも、ダン君たちと稽古をつけてきてくれないかしら?剣帝アーサー様も一緒に来られているそうよ。お手合わせを願ってみればいいんじゃないかしら?」
「えっ?母上、背中を押さないでくれ」
母上が、父上と兄上を追いやるように部屋から追い出してしまう。
「ふぅ~男って嫌ね」
母上は苦笑いを浮かべて私を抱きしめた。
「母上?」
「あなた……恋をしたのね」
「なっ!」
私よりも身長が低いはずの母上が、抱きしめられると凄く大きく感じてしまう。
言われた言葉に私は顔が熱くなるのを感じる。
「それも……ダン君じゃないのね」
「私は!」
「ううん、言わなくてもいいわ。結局あなたは貴族の娘です。父親の言う相手と結婚しなくちゃいけない時もある。だけどね……リン。恋はするもんじゃないの、落ちるものなのよ」
「落ちるもの?」
何故だろう……母上の言葉が否定できない。
「ええ。しようと思って出来るわけじゃなくて……いつの間にか……その人を好きになってしまうのよ」
母上の言葉がスッと私の胸の中で納得してしまう。
私は……いつの間にか……奴のことを……
「あなたが誰を好きになったのかはわからないけれど……その恋は叶わないかもしれない。
だけど、本当にあなたが道を決めるなら……私はあなたの味方でいるつもりです」
「母上?!」
それは貴族の夫人が言って良い言葉ではないように思えた。
「だって、我が家はマーシャル家ですよ。
いつ魔物の脅威によって死んでしまうのか分からないんだもん。そんな命をかけて生きているのですから、命をかけた恋ぐらい自由にしたいじゃない。バカな男達は戦うことしか考えていないようだけど、あなたは女なのです。男とは違う生き物なのですよ」
今まで、私は母上が苦手だった。
身体を鍛え、剣の腕を磨き、戦いに身を投じようとする私に対して恋の話をする。
女性らしさを説いてくる。
それは聞きたくないと思う話ばかりで耳を背けてきた。
だけど、今の母上から聞かされる話に、私の心は揺れ動いてしまう。
「あらら、まさかあなたがそんな顔をする日が来るなんて思わなかったわ。その顔をさせるのはダン君だと思っていたけど」
私はいったいどんな顔をしていたのだろう。
「その気持ちを大切にしてね。多分だけど、これから三年ほどで王国は激動の時代に入るから」
「どういうことですか?」
「デスクストス公爵家のテスタが、貴族派と婚姻を結んだわ。アクージ家のビアンカ、ブフ家のサンドラと結婚を発表したの」
「えっ?!」
テスタはデスクストス公爵家の次期当主であり、デスクストス公爵家は自分の陣営を強化するために結婚を行ったことになる。
それは、いよいよ王族に対して異を唱える準備を整えつつあるということだ。
「次男のリュークもカリビアン家の婿養子になることが、情報として出回っているわ。デスクストス公爵家がいよいよ動き出そうとしている。
多分、あなたたちが卒業して、リューク・ヒュガロ・デスクストスが、カリビアン伯爵令嬢との結婚を発表することで、最後のピースが揃うんじゃないかしら?」
母上の言葉に私は地面が無くなっていくように感じた。
リュークが結婚……?デスクストス公爵家が反乱……マーシャル家の立場は……リュークが敵……リュークをデスクストス公爵家から切り離すために事前に取り押さえたくてもきっと私にはできない。
リュークを切り離す理由もなければ、デスクストス公爵家は狡猾で、こちらからつけいるスキを与えてはくれない。
「リン!」
母が私の頬を優しく打つ。
「しっかりしなさい。女は度胸です!惚れた相手がいるなら、そのときは覚悟を決めなさい!たとえ、マーシャル家を敵に回すことになったとしても!」
「母上?」
「ふふ、私はガッツとリンの母よ。なんとなくわかってしまうのです。あなたが誰を好きになったのか……名は言いませんが、私は教えました。あとはあなたが覚悟を示すだけです」
私は母上の偉大さを理解してしまう。その覚悟はまさしくマーシャル家の女性のものだった。
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