第281話 王国剣帝杯 24
ダンの活躍がモニターから響く中で、僕は闘技場の地下へと足を踏み入れた。
そこは本来グラディエーターと呼ばれる戦闘奴隷が寝床としている場所であった。
だが、ベルーガ辺境伯には、もう一つの顔がある。
それは魔物の密猟だ。
誰かが禁止していることではないが、魔物とは魔物使いがいて初めて言うことを聞かせられる。
それ以外の人間に懐かせるためには、リンシャンのホワイトエナガのように子供の頃から慣れさせなければならない。
だが、ベルーガ領は人に慣れていない魔物を闘技場で戦わせたり、他の貴族へ売り捌く魔物販売をしていた。
「コロッセウムという場所が、全てを許してしまうのかな?」
弱い魔物は必要とされないが、強い魔物や魔物の素材というのは、貴族が名誉を買うため、研究者が材料とするために高値で取引される。
冒険者たちが、材料を売ることに似ているが、ベルーガ領で扱う魔物は迷いの森から取れる強力な魔物たちだ。
それらを、保管している場所こそが、闘技場の地下にあるココロが指定した場所だった。
「そして、そこの管理をしているのがあなただったとはな。翁クーロ」
飲んだくれのクソジジイだと思っていた男は、執事服に身を包み。
整えられた髭は酒場であったときとは見違えるほどに清潔感があった。
「リューク様、よくぞここまで来られました。そして、敵の思惑を解き明かしたことアッパレでございます」
酒場で会った時の陽気さを残しつつ、それでもどこか威厳のような雰囲気を感じる。
「お見事でございました。ここまでの情報を集め、それらを組み合わせて、敵が狙うべき場所を特定されたことは素晴らしいです」
「ハァ、ボクのことを知っているんだね」
今更な感じを受けるが、翁クーロに一杯食わされた感が否めない。
「オリガお嬢様。いえ、辺境伯様に助言を与えるように言われておりました」
「オリガはどこまでわかっているの?」
「全てでございます。そして、此度の思惑も恐らくは」
「どうやらオリガのことを見誤っていたようだね」
「いえいえ、リューク様に言われた言葉は、オリガ辺境伯様もショックを受けておりました。ですが、そんなことで心折れるような方ではないということです」
貴族社会は化かし合い。
オリガを一度で判断したボクの方が甘かったということだね。
「それで、敵は?」
「フォフォフォ、どうやら帝国の魔物使いが、我がしもべたちを暴走させようとしていたようですな」
翁クーロの後ろには、三人の人物が魔物によって組み伏せられる姿があった。
「ここまで僕らがしてきたことって?」
「フォフォフォ。良い暇つぶしだったでしょう? ですが、リューク様がお会いしたウィルなる商人が考えるような作戦が成功すると思いましたか?」
「それもそうだね。つまりは、辺境伯領側は、最初から帝国や教国のスパイも全て把握した上で、傍観していたというわけか」
「ご明察でございます」
「なんだか一気に脱力したね」
ココロが案じた占いの意味でここを指したのは、実際に帝国が狙う場所だったから。そして、ボクが扉の向こうで見た迷いの森の魔物たちは、すでに使役された者たちだったというわけだ。
「ふふ、楽しんでもらえてようございました。リューク様は、王国剣帝杯にはあまりご興味がなさそうでしたので」
「無いね。実際、コロッセウム内を自由に出入りしても騎士や兵士に止められることもなかった。それはそういうことだったんだね」
「ご理解頂きありがとうございます。これは老耄からのお願いなのですが、もう一度オリガ様とお話しをしてあげてはくれませんか?」
「オリガと話し?」
「はい。そして、元辺境伯様と」
それまでこちらをからかうような態度をとっていた翁クーロが真剣な顔で願い出る。
「親方様の命は尽きようとしています。ですが、リューク様が会いたくないのであれば、会わないと親方様もオリガ様もおっしゃられておりまして。辺境伯家に仕える者一同が案じております」
これはオリガの策略でありながら、ボクを辺境伯に会いたくさせるための策略だったわけだ。
♢
「まんまとやられたよ。帝国のスパイにばかり気を取られて、君たちの動きを考えていなかった」
「それが裏方である我々の勤めでございますれば」
「面白いね。君たちの主に会いに行こう」
「ありがとうございます!」
三人の帝国兵は、帝国の暗部と言われる組織に属しているそうだ。
辺境伯側には自白を専門とする者までいて、全てを話させた。
そして、ウィルには暗部たちは、任務に失敗して逃げ出したことを偽装させた。
失敗の際に行う合図なども決められていたそうだ。
「他の手は考えていなかったのかな?」
「彼ら暗部が知る情報は以上のようだ」
ボクの前で優雅にお茶を嗜むオリガは、種明かしを終えて満足そうな顔をしている。
「随分とやってくれたね」
「リューク、君は辺境伯家の血を引く者だ。ならば、辺境伯家が長年に渡って大罪魔法に苦しめられてきたことは告げたはずだ。彼らのような危険な者たちが生まれているのに、我々大罪魔法を持たない者たちが生き残り続けてきたのは、この小賢しい知恵の成せる技だ」
「ボクは自分が聡い奴だと思っていたけど、まだまだだったみたいだね」
「そんなことはないさ。君の友人であるタシテ君が情報を買い来なければ、こちらも全てを先読みすることはできなかった。我が家が保有する諜報機関に接触してくれたため、どこまで進んでいるのか理解できたのだよ」
優秀なタシテ君を上回る辺境伯家の情報網というわけだ。
「つまり、タシテ君が持ってきたウィルの情報はオリガからのプレゼントだったわけだね」
「それをどう使うのかはリュークの自由だ。まさか、帝国への足がかりにするとは、私もやられたよ」
「ここまでの流れで十分にやられてきたけどね」
「ふふ、まだまだ若い君には負けてあげられないからね。それに一度目の邂逅で、君にはショックなことを言われてしまった。私としても少しは仕返しをしたいじゃないか」
「うん?」
「君が死を偽装したとしても私たちは家族だ」
「そんなこと?」
「さぁ、お祖父様に会いに行こう」
オリガと共に、本邸へと足を踏み入れた。
奥へと進み一室に入ると、老人とは思えないほど容姿の優れた男性がベッドへ寝かされている。それは、リューク自身が歳をとったような男性がそこにいた。
「よく来たね、我が孫よ。ボクがリーク・ヒレン・ベルーガだ」
お祖父様を見て、ボクがお祖父様の家族ではないとは言えないね。
彼の後ろには若かりし頃の絵が飾られており、家族の絵も飾ってある。
「初めまして、お祖父様。ボクがリューク・ヒュガロ・デスクストスです」
ボクは貴族としての礼儀を持ってお祖父様に頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます