第193話 食べ歩き女子
ボクはユーシュンとの会席をしてから飲食店街も利用するようになった。カリンが卒業してしまったことで無くなった美味しい食事を求めて出歩くためだ。
今年でボクも学園に入学して三年が経つ。十八才になったボクの新しい楽しみは、お酒を飲むことだ。
料理に合うお酒を飲むと、また違った味わいを持ち、飲んだ後はフワフワと気持ちよくなって寝てしまう。
食事の際は誰かが付き合ってくれるので、好きな人の話を聞いて飲むお酒は格別に美味い。
今日は飲茶を楽しみながら酒を飲んでいた。
ふと、窓の外に異国風の女性が見えて、どこへ入ろうか悩んでいる様子だった。飲食店街をふらふら歩いては屋台で購入して食事を終えてしまう。
そんな日々を数日過ごしていると、いよいよ何処かの店に入ることを決心した様子で覚悟を決めた顔をしていた。決めた店はワインをメインで出している帝国風レストランで、ボクはまだ入った事がない。
王国では、淡白な帝国料理はそれほど人気の店ではない。
彼女の行動を見ているのは面白い。
また、今日のボクには連れがいない。
普段は彼女の誰か、もしくはクウと来るんだけど。
クウにはお使いを頼んだので、一人きりの食事をするつもりだった。
食事をするのも面倒だけど、お酒の味を知ってからは楽しくもある。
見ていると、結局入るのを諦めてしまったようだ。
「ねぇ、入らないの?」
ボクが声をかけるとビクッと肩を振るわせる。
「ああ、すまない。邪魔をした。どうぞ」
「違う違う。良ければ一緒に入らない? 君、転校生だよね?」
「むっ? どういうことだ。どうして一緒に入るんだ?」
「最近さ。この辺の店を物色して歩き回っていたでしょ。ボクもよく食べに来ているから君の姿を見てたんだよ」
「ああ。確かに最近は」
「うん。なかなか入らないから、もしかしたら一人じゃ入り難いのかなって。思ってね。違っていたらごめんね」
留学生で、高貴な雰囲気を持っている彼女。ボクはゲームの登場人物が好きだけど。彼女が誰なのか見当がつかない。
ゲームに登場する人物はある程度わかると思っていたけど。帝国側は人数も多いので把握出来ていない。
「むむむ、そうか。ふぅ。間違ってはいない。親切に気にかけて頂きありがとう」
素直に礼を述べれる。教育された人だ。
「どうにも食堂の食事が合わなくてな。どうしようか悩んでいるときに、飲食店街を通って良い匂いがしたんだ。屋台で食べた食事が美味しかったので、どこかの店で食べようと思うのだが。飲食店に一人で入ったことがなくて、入ってもどうすればいいのかわからないと思うと尻込みしてしまってな」
男勝りな口調で話すショートヘアーの美人さん。
留学生の転校してくる時期が悪かったね。
三年次で対立形式を取っているため、他の生徒も話しかけ辛い状況なのだ。
そのため彼女は孤立してしまったというわけだ。
「ここは帝国料理を提供している店だけどいいの? 他にもオリエンタル料理や、皇国料理。王国料理の店もあるよ?」
「いや、いいんだ。少し自国の味が恋しくなってしまってな。恥ずかしながら、私は料理が出来ないのだ」
「そっか。なら、ボクで良ければ食事を一緒に取らない?」
「いいのか?」
「ボクが誘っているんだよ。いいに決まっているでしょ」
「恩に着る。私のことはジュリと呼んでくれ」
「ジュリね。ボクはリューでいいよ」
「リューか。覚えたぞ。よろしく頼む」
向こうが偽名を名乗ったことで、ボクも偽名を名乗った。別に隠す必要はないんだけど。相手の礼儀に合わせただけだ。
「それじゃ行こうか」
ボクは尻込みされるのも困るので、ジュリの手を取ってレストランの中へと入った。
少し驚いた顔をされたが振り解かれることはなかった。
料理は帝国でも北方メインのレストランだったらしく。チーズを多用する料理が多かった。少しだけ塩辛い。
「ワインはあまり飲んだことなかったけど。飲みやすいね」
「ああ。帝国のワインは酸味を強くして渋みを取り払っていてね。チーズ料理に合うようにしているんだ」
「そうなんだね。薫りもいいから美味しいや」
チーズにも合っていて美味しい。
「あっ、ありがとう」
「うん? なに?」
「リューが声をかけてくれなけば、今も入り口で悩んでいたと思う。だが、リューが店での過ごし方や注文の仕方を教えてくれたから、次からは一人でも来ることができる」
「それはよかったね。お役に立てて何よりだ」
「リューは不思議な奴だ。男性なのに、緊張しなくてもいい」
「それは褒め言葉?」
「もちろんだ。リューほど美しい男性を私は見たことがない。その見た目もあって警戒を和らげることができた。何より雰囲気がどこかやる気がないと言うか、いい意味で脱力して気負いを感じないのが楽だ」
「そっ、ならいいけど。ジュリはどこか緊張感があるから、他の人が警戒しちゃうかもね」
軍人特有と言えばいいのか、ピリピリとした雰囲気に、いつも張り詰めた空気。
こうしてお酒を飲んでいるときでも、油断を見せない態度は、彼女が完全にボクに気を許していないことが伝わってくる。
「緊張………しているのかもしれないな。慣れない土地で。私は従者などもいないから、孤独で何でも出来ると思っていたが甘かったようだ」
「従者がいそうな見た目なのに、不思議だね」
「転校の手続きをしたまではよかったんだが、色々と帝国と王国には緊張感があるので、一人で来るのが限界だったんだ」
「まぁ、その辺の事情はボクにはわからないかな。お偉いさんたちが勝手にやることだしね」
ボクがワイングラスに入った酒を飲み干すと、ジュリは笑っていた。
「リューは平民には見えないが、それほど自由気ままにしている貴族も珍しい。不思議な奴だな」
「ボクは何者でもないよ。将来は冒険者で生計を立てようと思っているしね。冒険者カードもあるんだよ」
「冒険者か、いつか帝国にも来てくれ。歓迎するよ」
「ああ。喜んで」
ボクらは美味しい食事とワインを飲み交わして、たまに食事を一緒にする約束をした。
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