第253話 実家にご挨拶 後半

《sideリンシャン》


 久しぶりに家に帰ってくると母上に捕まってしまった。

 シロップやルビーも呼ばれて、母上を交えた四人でテーブルでお茶をする。


「ふふふふふふふふふふふふふっふふふっふふっふふふふふふふふふふ」

「母上。先程からずっと笑ってばかりで、二人が戸惑っております」

「え〜だって、嬉しいじゃない。とうとうこの日が来たって感じよ。リンが好きな人を家に連れてきた日は、私はいつゆっくりとお話ができるのか、楽しみでしかたなかったんだから」


 母上の態度がいつものままで安心する。

 私が悩んだ時に、母上から頂いた言葉は今でも私の胸にある。


「改めまして、マーシャル公爵夫人。バル様のメイドをしております。シロップでございます」

「リンシャンの友人のルビーにゃ」

「ええ。ええ。可愛い女の子が二人も増えて嬉しいわよ」


 二人との面識はあるが、こうして話をするためにゆっくりとした時間を過ごすのは初めてだ。

 

「それで? 二人ともバルちゃんが好きなのかしら?」

「母上!」

「いいじゃない! 甲斐性があって、強く、優しく、賢く、仮面をつけているから顔は知らないけど。カッコ良いなら尚更よ。そんな男性を好きにならない女性はいないでしょ?」


 母上の言動はたまに全てを見透かしているように感じる時がある。

 今までは母上をただの恋愛脳だと呆れていた。

 だが、母上はしっかりと人を見ることの出来る方なのだと今なら理解できる。


「お慕いしております」

「大好きにゃ」


 母上の言葉に応じてか、二人ともあっさりと気持ちを口にする。


「あらら、まあまあ。ふふふふうふふふふふふふふふふ。やっぱりいいわね。モテる男はいつの世も求められるのね。私たちの時代でも、デスクストス様はおモテになっていましたわ」

「えっ? デスクストス様?」

「ふふふ、リン。あなたのお父さんとプラウド・ヒュガロ・デスクストス様は同級生なのよ」

「それは初耳です」

「そうね。彼は息子さん二人とは違う意味で、おモテになっていたわね。傲慢で最強。その強さは誰も寄せ付けず、その傲慢さは誰もが憧れる。そんな方だったわ」


 両親の時代の王国。


 それを語ることが出来るのは、当時を生きるものにしかわからない。


「ふふふ、ねぇリン」

「はい?」

「リューク君は、どうして死ぬことを選んだのかしら?」

「えっ?」


 それは私だけでなく他の二人も驚いた顔をした。

 デスクストス様の話から、突然リュークの話に切り替わるなど思ってもいなかった。


「彼の死は王国内でも多くの波紋をよんだわ。プラウド様と同じく、他者を寄せ付けない強さ。自由な態度とやる気のない言動。傲慢なプラウド様とは別のタイプだけど、どこか似ていると私は感じていたの」


 母上は何を思い、何を考えて問いかけているのだろうか? いつもの恋愛話がしたくて呼ばれたのだと思っていた。

 今の母上は、真実を解き明かすように、私たち一人一人を見ている。


「だから、不思議なの。賢いはずの彼がどうして死を偽装してまで、表舞台を去ったのか?」

「なっ、何を言っておられるのですか? リュークは死にましたよ」


 私がなんとか嘘をつかうとするが、母上は頬に手を当ててため息を吐いた。


「リン、あなたは嘘が下手ね。あなたを知らない人や美化している人なら気づかないかもしれないけど。母親である私を騙せると思っているの? バルちゃん。ううん。あれがリューク君なんでしょ? だから仮面なんてつけて、直接は会ったことがないけれど、想像はできるわよ」


 私は言葉を失ってしまう。

 母上を騙すことなど私にはできない。


「ふぅ、あなたの態度を見れば、確信ができたから、これ以上は正体についての質問はやめてあげます。ですが、一つだけ。私たちが思っていた激動の時代とは別の流れが生み出されています」

「思っていた激動の時代ですか?」

「ええ、掴んでいた情報によれば、貴族派が本格的に王都を転覆させて、王権派を根絶やしにするつもりだったと思っていたわ。そのための戦準備を進めていた。だけど、貴族派の怒りは、リューク君が死んだことで皇国に向いて、王権派は根絶やしを免れた」


 リュークが死ぬことで、貴族派は戦争という大義名分を得て、新たな領地獲得に乗り出した。

 帝国や教国が手を出してこない理由の一つは、デスクストス家、アクージ家、ブフ家の三家だけで皇国に攻め入っているからだ。


 他の貴族たちは領地を守り、来たる内戦のための準備をしていたから、帝国が攻めてきたとしてもいつでも応戦できる状態にあった。


「まるで彼の掌の上で、王国の人々が動かされているようで恐いと感じてしまうわ」


 私もリューの街で領地経営の代理をして知ったことがある、情報とは精査が必要になる。

 膨大な量の情報が毎日送られて来ており、それらを見て判断していくには高い能力が求められる。

 

 アレシダス王立学園に入学した当初の私はそれを知らず、リュークの情報を集め、全てを精査することなく嫌なところを探して、こいつは嫌いだと思い込んでいた。

 だが、今ならわかる。

 あの当時も情報を集めてくれる者たちはしっかりと集めてくれていた。


 それなのに情報を判断する私の目が曇っていた。


 だが、母上は少ない情報からリュークの行動を予測したことになる。

 昔はわかっていなかったが、母上は凄い人だったんだ。


「リュークは怠惰な男です」

「うん?」


 私の発言に、シロップとルビーが驚いた顔をするが、私が目配せをすると二人とも頷いてくれた。


「リュークは怠惰でいるために、多くの責任を放棄する道を選びました」

「リューク様は、人が作り出す法を窮屈に感じられたのだと思います」

「リュークは、ダラダラするために、凄く働いて、みんなを守ってくれるにゃ」


 三人が口にした言葉はリュークという人物を褒めるものではない。

 

 責任を放棄して、法から外れ、ダラダラと過ごす。


 決して、普通の感性があれば褒められたことではない。


 ただ、私たちは知っている。

 彼が誰よりも怠惰になりたいと言いながら、みんなのことを思い考え、行動して、守ってくれていることを。


 だから私たちは少しでも彼を怠惰にしてあげたい。


「ふふふ、そう。あなたたちは幸せかしら?」


 その答えなら、私たちは即答できる。


「幸せです!!」にゃ!」


 その答えに母上は満足そうにされていた。

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