05

《アルファリア草原》


 すっかり日は沈み、広がる原っぱは夜の闇に包まれていた。だが不思議にも完全に視認できないほどではなく、うっすらと大地の起伏を見て取れた。天に光源の月は昇っているが、それにしても明るい。おそらくここら辺はゲーム的演出を優先したのだろう。


 気を引き締める。

 広大なこのフィールドで、未だ誰もここから脱出できないということは、それだけ敵の数が多いことを示している。

 零級職である《召喚者》はスキルをなにも修得しておらず、攻撃力も防御力も低い。もし襲われたら一撃でゲームオーバーだ。

 身をかがめて地図を確認すると、ここは北東に位置する大陸の北の海岸線にあることがわかった。初心者用の狩場は本来の出発地点である三国周辺なのだろうが、今は魔王軍が常駐して使えないだろう。


「人の国バルガスはここから遥か北。ドワーフの国サンクエリは南、エルフの国エルダーだけはここから少し東と、他の二国よりは近いな」


 それぞれの国の位置関係を把握する。狩場は使えないが、俺たち初心者プレイヤーには雑魚敵が必要だった。ならばどうすれば良いのか? 


「多分、ここだな」


 考えられる可能性が一つだけあった。

 もし順当に三国からスタートを切っていた場合、初心者狩場の次に、手馴れてきたプレイヤーが選びそうな場所を、俺は地図をなぞってアタリをつける。

 なぜそのようなことをするのかというと、考えはこうだ。 

 この世界の生き物は、人間と同じような思考能力を有している。ではそれは”人間だけ”だろうか?

 女神様との会話を思い起こすと、魔王は俺たちの召喚を恐れて、三国への襲撃を決定したと言っていた。

 つまり魔王にも、都市の人間と同じように思考能力が搭載されていると予測される。そして、魔王に搭載されているということは、モンスター全体にもそれが適用されている可能性が高い。

 なにせ稼動前から、AIの技術力の高さを売り込む気満々だったからな。

 まぁその技術力が高すぎて、魔王側が製作者の裏をかいた結果、クソゲー化しかかってるのだが。

 ……話を戻す。つまり俺は、初心者の狩場にいるモンスターが、魔王軍進撃のとばっちりを避けるために、次のエリアに自発的に移動したのではないかと考えたのだ。

 ラスダン級のモンスター達と大国の全面戦争なんて、初心者プレイヤーが倒せる程度のモンスターからしたら、かすり傷で死ぬレベルだろう。

 被害を避けるために、次エリアに移っていても不思議ではない。

 地図を確認すると、シューノから一番近い目標ポイントは、ここから東にあるエルダー神国から二つエリアが離れた《マズロー大森原》だ。

 ここからほぼ直線ルートで行ける上に、途中は平原となっており、見渡しがよく敵も発見しやすい。

 逆に言えば敵からも俺が発見しやすいということなのだが、そこはもう仕方ない。ほふく前進ででも安全にたどり着ければ御の字だ。

 俺は念のため買い込んでおいたポーションが入った鞄に手を伸ばす。

 これはできるなら使いたくない。

 アイテムがなくても安全に通行できるルートを探すのが、今回の一番の目的だからだ。

 だが強敵に見つかり、それでも探索を進めたときは、こいつを使ってでも続行する。

 時間がないのだ。あの金髪の男レオナスは特別に好戦的だったが、誰だってサービス初日になにもできないまま終われば、面白いわけがない。

 リミットは明日の昼。それを過ぎれば、今は善良なプレイヤーたちも、ネイティブを囮にするという、あの最悪の作戦を決行しかねない。

 魔王を倒す召喚者が現れるのを楽しみにしていたリーナを、これ以上悲しい目に合わせたくない。だからなんとしてでも、明日の昼までには他の召喚者に、狩場までのルートを伝えなくてはいけない。

 俺は急いでアルファリア草原を進んだ。


  ◇


『グルルルルゥゥゥゥ……』

『キキ……キキェェエ……!』

『ブフー……モォォ、オオ……』


 夜の草原によくわからないモンスターの鳴き声が響く。正直言うとかなり怖い。

 昼間ならまだしも、今は夜だ。声だけ聞こえるという状況が恐怖を増大させる。

 姿を確認したいが、そうすると向こうもこちらを索敵してきそうで、先ほどから腰を落としたまま進んでいる。

 

(あれ? 俺がプレイしてるのって、ホラーゲームじゃないよな? RPG……だよな??)


 自分が何のジャンルのゲームをしているのか、よくわからなくなってくる有様である。

 俺は泣きそうになる気持ちを抑えながら、歩を進めた。

 幸いなことに、魔物の呻きは俺の気配を察知しての、警戒を示すものではなく、ただの鳴き声のようだった。

 たまたま見つけた谷を右手に進んでいるおかげで道には迷わないし、谷側を警戒する必要がないので、かなり楽にここまで来れた。

 地図を確認すると、アルファリア草原の三分の二をすでに踏破している。

 自分でも気づかながったが、実は盗賊(シーフ)や隠密士(アサシン)など、そちらの才能があるのかもしれない。

 これを機に神様からそういう系の職業が神託されても面白いかなとも思ったが、女神様から貰ったボーナスポイントを全てMNDに振ったことを思い出して、急いで顔を横に振る。

 精神力だけ高い隠密職なんて産廃すぎるしな……。


 そうこうしているうちに、俺は危なげなく草原を抜けることができた。

 敵に見つからないように作戦を練って進んだのだから、喜ぶべきところなのだが、少し簡単に行き過ぎな気がした。

 今日だけで十万人以上のプレイヤーがあの都市を訪れていて、その全員が脱出に失敗しているのだ。

 こうも簡単に成功するのは、単に俺が十万分の一の運を掴んだというだけなのだろうか?

 それともまさか本当に、リーナの花が俺に力をくれているのか。


「いや、考えていても仕方がない……いまは俺を信じてくれたあの子のためにも、《マズロー大森原》をとっとと調査しないとな」


 そして俺は散々ホラーゲームを楽しませてくれた草原をあとにした。

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