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 ……なんかこいつ、だんだん鏡花に雰囲気が似てきたな。

 初対面の頃から友好的というわけではなかったけど、それは俺と鏡花が決闘直前だったからだと思っていた。

 だけどどうやらそれは違ったらしく、古代図書館攻略後にウィスフェンドを出るまで、鏡花を含めてフィリオとも何度か会ったが、会うたびに棘の鋭さが増していく気さえする。

 鏡花とはきちんと和解をして、いまではこうして軽口を言い合える仲になったというのにだ。


「悪いですわね。私も同行したかったですが、今回の旅はフィリオには荷が重いですわ」

「っ!」


 珍しく気後れしたように彼女が告げると、フィリオの顔が真っ赤に染まった。


「ぼ、僕なら平気だって何度も言っただろ!」

「あら、『灰色の聖地』を口に出しただけで青ざめていたのは、どこの誰だったかしら」

「……っ」

「気負わなくても、あなたが十分な力を身につけたときに訪れれば良いですわ。時間なら十分にあるのですから」


 フィリオは責任を感じているのか、ただ俯いたまま、彼女の言葉に二、三、相槌を打つだけだった。

 それを見かねた弔花が屈み込み、


「そう……沢山強くなって、また挑戦すればいい。今度はお姉ちゃんと二人で」


 と告げると、ついにフィリオは耳まで真っ赤になりながら、俯くというよりどう顔を合わせれば良いのかわからないといった感じで、地面と直角になるほど顔を下に向けて硬直してしまった。


「そうですわ。そのために私は今回残るのですから、きちんと腕を磨いて頂戴」


 鏡花がぶっきらぼにそう告げた。

 腰に手をあてて、まるで年の離れた姉のような振舞いだった。

 その胸の上で陽光を浴びて首飾りがきらきらと輝いた。フィリオの家に伝わる、必ず返すことを約束付けられて当人から贈られたペンダントだ。


 フィリオは「わかった」と小さく返事を返すだけで、それ以外は何も語ろうとはしなかった。

 自分の力不足が原因で、尊敬する人の足を止めてしまう不甲斐なさは、俺でもなんとなくわかる気がする。

 きっと彼はいま、その悔しさと必至に戦っているんだ。


「ああ、俺も待ってるよフィリオ。いつか一緒に冒険しような」

「お前とはしない!」


 ……ええ、なんでだ。


 おかしい。ここは心の成長を迎えたひとりの少年と、仲を深める絶好の機会だったのでは?

 朝の港で大海原を背景に、いつか一緒に冒険する誓いを立てるとか、お膳立てされたようなシチュエーションじゃん?


「ラビさんて……男の人の感情にも疎いんですね」


 アミュレが半ば諦めたように言った。


「ラビは……そういう人……」


 弔花がこちらを見つめながら、すでに解いた問題の答え合わせをするような素振りで頷いてみせた。


「? 皆、なぜそんな目を向けているんだ? ラビはいま、とても良いことを言ったじゃないか」


 唯一リズレッドだけが、眉根を上げて頭に疑問符を浮かべながらそう言ってくれた。

 良かった。こんな極寒の地にも、希望という光は残っていたんだ。


「ははは、なんだかあなたが皆に好かれる理由が、少しだけわかった気がします」


 後ろで終始見守り形態に入っていたアステリオスが、我慢できなくなったように噴き出して笑った。


「アステリオスさん、これが好かれているように見えるんだとしたら、癒術院への通院をおすすめします」


 不本意な目を向けられてはいるけど、さっきまでの張りつめるような空気は、いつのまにかなりを潜めていた。

 俺たち召喚者リズレッドたちネイティブが一緒にこうして笑い合えるということだけで、何物にも代えがたい宝物のような気さえした。


 そうしているうちに、時間がやってきた。

 遠くに見える巨大な船団から発進した一隻の船が、波に揺れながら少しずつその影を大きくしていき、ついには俺たちの間近――シューノの波止場で止まると、ロープを渡して緩やかに港へ着けた。


「あんたらが今回のお客さんでさあ?」


 長旅を思わせる肌荒れと、それを全て塗りつぶすほど真っ黒に日焼けした、ひどくぶっきらぼうな男が船の上から問いかけてきた。

 アステリオスが進み出て、男とは正反対の愛想の良い笑顔で返す。


「乗るのは後ろの四人です。他の方は見送りで、私が交渉人です」

「あんたがか。そんじゃあ、ちょっと待っててくれ」


 そう言って彼は器用に船と波止場をつなぐロープを固定して船を安定させると、乗船するための橋をかけた。

 やはり海に生きる男は、こういう作業をしているときの動きが一級品だ。全く無駄なく綱を結び、自身の身の丈よりも大きな橋を危なげなく持ち上げて港にかける様は、動画で見た仕事人のようで思わず目を奪われる。


「それじゃ、許可証見せて」


 橋を伝って港へ降りた彼が、変わらぬ朴念仁さで告げる。

 アステリオスが腰のバッグから証書を取り出すと、それを広げて確認を促した。


「ん。オーケーだ」

「ありがとうございます。それでは、彼らを宜しくお願いします」

「乗る権利がある奴を乗せる。それが俺の仕事だ。それに、あれに乗る奴は自分自身で身を守らなくちゃいけねえ。だからお願いされる筋合いもねえ」

「聞きしに勝る武士もののふの世界という訳ですか。御安心を。彼はそういう場所を冒険するのが好きな人間です」

「召喚者を乗せるのは初めてだ。腕っぷしに自信があるなら、都市はお前を歓迎する」

「は、はあ」

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