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「正確にはそれに加えて、人を殺すのと同等の罪を犯した者たちが興した都市です」

「どういうことか、説明してくれ」


 傍のリズレッドが、警戒の気配を強めながら説明を促した。

 アミュレが口に手をやりながら、昔仕入れた商品を倉庫から引っ張り出すような様子で、彼方に見える船団について語り始めた。


「始まりは一隻の海賊船だと教わりました。国で罪を犯した者たちが陸で生きることができなくなり、海へと逃げて、いつしか力に吸い寄せられるようにひとりの海賊のもとに集まったと。もう百年も前の話ですから、もちろん今その当事者たちはいません。けれどその末裔たちが、ああして船団を運営しているんです」

「一隻の海賊船が、あんな巨大な島のようになったのか」

「それだけ昔は下法の者たちが多かったということです。神は基本、人の罪は人が裁くべきとして、神罰をお与えになりませんから」

「……いまでも、その……そういうことはしてるのか? 人を殺して金を稼ぐ、みたいなことを」


 心のどこかを針で刺されたようになりながら、俺は訊いた。

 なぜそんな気分になるのか、自分でもわからなかった。


 アステリオスが手を振りながら、慌てて否定した。


「さすがに今そんなことはしていませんよ。百年前ならいざ知らず、各国も法と秩序を整えていますから。彼らの動向には逐次、どこかしらの要人の目が光ってます。……ただ、完全に潔白とも言い切れません。どんなに監査を強めても、一度外海に出てしまえばそこは誰の目にも届かない。噂では多くのブラックマーケットと結びつきを持ち、多額の利益を回収しているとも聞きます」


 ブラックマーケット、か。

 そういえば初めてこの街にきたときに、『ブラックマーケットの壊滅』なんていう物騒なクエストが発生したっけ。

 それを鑑みて考えれば、この多く行き交う船のなかに、そこへ流れ込む商品があるとしても不思議じゃない。

 というよりも、ブラックマーケットがあるからこそシューノの港へ立ち寄っているのじゃないかとすら邪推してしまう。


「どっちにしろ、後ろ暗いことをしている集団には違いありませんよ。……あそこは、人の命を材料に栄えた都市なんですから」


 アミュレが遠くに浮かぶ巨大な船団ではなく、自分自身の手のひらを見ながら言った。

 そこでようやく気づいた。彼女はあの都市に、自分自身を投影しているんだと。


 友人の命を糧に僧侶として生きている自分は、大昔に外法で得た資金を用いて発展したあそこと、何ら変わらないのだと。


 他人を犠牲にして得た未来で、笑う資格なんてあるのか。

 

 まだほんの少女であるアミュレから、そんな問いかけが放たれているような気がした。

 そしてそれに気づいたとき、再び心のどこかが痛んだ。


 ……ああ、そうか。

 それは、俺も同じなんだ。

 あいつを殺した俺が、こんな明るい場所を歩いていていいのか。

 こんな気の良い仲間達と一緒に、笑って過ごしていいのか。


 さっきから胸のどこかに刺さる針の正体は、これだったんだ。

 だったら――


「行こう、アミュレ」

「……え?」

「たしかに危険かもしれないし、見たくないもの見るかもしれない。けどだからって、あれに乗らないと俺たちの旅は、一歩も前に進めない。そうだろ?」

「それは、そうですが……」

「もしアミュレに危険が迫ったら、俺が必ず助ける。だからアミュレも俺を助けてくれ。どうやら今回は、豪華な船旅とは行きそうにもないしな」


 頬を掻きながら、膝を折って視線を彼女に合わせながら頼んだ。

 情けないけど、俺も正直あそこに乗るのは少し怖い。

 俺やアミュレが犯した罪と同じものを背負った子孫が運営する船団のなかで、果たして上手くやっているのかどうか。

 けれど、


「ふふ、ラビさんがそう言うなら、仕方ないですね」


 彼女は踵を返してくるりと身を昼がしながら、そう言って笑った。


「もとより私のリーダーはラビさんなんですから、行きたい場所にどこまでもお供します」


 腕を大きく振り上げて精一杯元気に振る舞うアミュレが、陽光と同じくらい眩しく見えた。

 あんな小さな体なのに、世界の歴史に詳しくて、俺たちの身を案じてくれて、なのに最終的には、俺の判断に身を委ねてくれる。


「話は……終わった……?」


 そのとき、真後ろから声がした。

 振り向かずとも、それが誰なのかわかった。


 そもそも、ここに来た理由は何だったのかが改めて思い出された。

 海上に浮かぶ巨大な船の群れに気をとられて、すっかり彼女と待ち合わせしていたのを忘れていたのだ。


「悪い弔花、ちょっと話し込んじゃって」


 振り向くとそこには、思った通り弔花と――その横に、鏡花とフィリオの姿があった。


「ううん……私たちも、いま着いたところだから……」

「船出前だというのに、そんな顔をしていたら船が沈みますわよ」


 おっとりとした雰囲気とは対照的な姉の鏡花が、呆れたような口調で言った。


「鏡花に言われたくないなあ。お前の場合は沈ませるというよりも、切り刻んで轟沈させそうだ」


 事実、鏡花の雰囲気は周囲の人間を切り刻むような鋭さを放っている。

 それが彼女の人生観から来るもので、それこそが彼女自身の強さなのだと知っているからもう怖くはないけど、会った当初は随分肝を冷やされたもんだ。


 彼女のバディであるフィリオが、ふんと鼻を鳴らしながら肩をすくめた。


「長旅に出る男が初めからその意気込みじゃ先が思いやられる。まあ精々、体には気をつけるんだな」

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