08
「……ゴールドランクと言っても、ほとんどリズレッドのおかげだからなあ。今日の戦いだって助言がなければ危なかったし」
「まあ、そこは仕方ないだろ。俺たちがこの世界に来てまだ一年しか経ってないんだ。平和な世の中で生きてきた俺たちと、生きるか死ぬかの世界で戦ってきたネイティブとじゃ機転の効きも違う。それにゴールドランクなら、すぐにレベルだって上がるだろ?」
クラウドはさも当然のようにきっぱりとそう言い放った。
ゴールドランクというのはバディを階級分けした俗称だ。ALAは『継承』のシステムがとても重要で、一人でどんなにレベルを上げても覚えられるスキルには限界がある。
ではどうするかというと、目当てのスキルを所持したネイティブに教えを請うのだ。俺がシューノで気軽に習得した《鑑定眼》でさえ、一ヶ月経っても習得していないプレイヤーもいると知ったときは驚いた。
リズレッドにそのことを話すと『ラビたちの世界では、鍛え続けたら自然とスキルが身につくものなのか?』と逆に訊かれてしまい、思わず納得したのを覚えている。
なので必然的にバディとなって、ネイティブと行動を共にするプレイヤーはノーバディよりも所持するスキル量が多くなる。そしてそれは様々な戦局を切り抜ける力となり、結果的にレベルの上がりが早まるのだ。
先ほどゴーレム戦で使用した《ファイア》も、リズレッドの手ほどきにより習得できた魔法スキルだ。これをパートナーじゃない相手から教わろうとすると、継承の交渉や、そこから発生する費用やアイテムなど、色々な負担がかかってくる。
そんな何かと優遇されたバディプレイヤーだが、その中でもさらに階級を作りたがるのが人間だ。
誰が言い始めたかはわからないが、自然とネット上で語られるようになったその階級は、全部で五つに分けられる。判断基準はどのくらい高位のネイティブとパートナーになれたか、というものだ。
それに釣られて、一時期は上位のネイティブとバディになろうと躍起になるプレイヤーが多く見られた。相手を位で選ぶなんてどうにも引っかかったが、いつの頃からか、それがALAプレイヤーの共通認識となっていたのだ。
呼び名は、一般領民とのバディならブロンズランク。
戦闘、魔法、技術など、何かに特化したスキルを持った相手とならシルバーランク。
そしてその中でも、上位の役職を与えられたネイティブとパートナーになれた者をゴールドランクと呼ぶ。
リズレッドは騎士団こそなくなったものの、副団長を務めていた女性であり、俺は不本意ながらゴールドランクに位置するプレイヤーとなっていた。
だがそれは、彼女の力を傘にきているだけに過ぎない。何と言ってもリズレッドのレベルは52であり、レベル26の俺など、文字通り半人前なのだ。
だというのにプレイヤーや、最近ではネイティブでさえ俺のことをゴールドと呼ぶ。それが重荷である、ときおり心が落ち込む。
ゴールドランクよりも上は数えるほどしか存在しないという噂だが、英雄級のネイティブと契約を交わしたプレイヤーをそう呼び、プラチナランクやオリハルコンランクと称されている。
クラウドはシルバーランクに属しているので、ゴールドの俺を羨ましく思うのかもしれないが、こちらとしては全く嬉しくないので、どうにも言葉に詰まってしまう。
「……ゴールドランクって、そんなに良いもんじゃないぞ」
「んん、そうか?」
「ああ……ランクだけが俺の実力を飛び越えて、勝手に一人歩きするんだ。実際、強くなればなるほどリズレッドは遠くに感じるし、恩恵だってシルバーと対して変わらないって」
「お前……」
クラウドはなにか言いたげに立ち上がると、おもむろに俺の横に立った。
次の瞬間、すぱん! という音と共に頭に衝撃が走る。
「痛ったあ!? なんだよいきなり!?」
「お前なあ! あんな可愛い子を嫁にして、しかもゴーレムを討伐した直後にそんなこと言っても、嫌味にしかならないっつーの!」
「嫁って!! いや、だからそのゴーレム討伐もリズレッドの助けがあってだな……!」
「うるせえ! 悩みに見せかけた自惚れなんて聞きたくねえ! おら、飲め飲め!」
そう言ってクラウドは強引にグラスを押してつけてきた。だが俺は頭を叩かれた直後だというのに、それが不思議と不快ではなかった。この気心知れた感じが、相手の本当の顔が見えないネットゲームの世界において、妙に心地良かったのだ。
押し付けられたエールを一気呑みし、もやもやとした気分を払拭させる。
そんなとき、不意に後ろから声が響いた。
切れ味の鋭い刃を思わせるような、細く通った声だった。
「おやおや、ゴーレム程度を倒してご満悦とは、召喚者というのも噂ほどのものではないようですね」
振り向くと、そこには緑の髪を肩まで垂らし、細い体躯に鎧を纏った剣士が立っていた。中性的な顔立ちで、一般的に見れば美青年に分類分けされるであろうその男は、侮慢に満ちた瞳で俺を見下していた。それどころか挑発を隠しもせず、やれやれといった風に肩まですくめている始末だ。
俺は立ち上がり、そいつの顔を睨みつけて言った。
「いきなり随分な言いようだな。誰だあんた?」
それに対して奴は、大げさに驚いた表情を作って応える。
「ほう、この僕を知らないとはね。《城塞都市ウィスフェンド》で誰もが知る格式高い《魔法剣士》を神託されし冒険者、ノートン・ライアスだ。……いや失礼、駆け出しの初心者冒険者の君では、知らなくて当然か。だが一つだけ忠告させてもらおう。ゴーレムを倒したくらいで祝賀会など、よそでやってくれないかな? 低レベルな会話を聞きながら呑むと、酒が不味くなってしまうからね」
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