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「ラビとリズレッド、もう……帰ってこないの……?」


 不安げにそう問いかけるのはアイリスで、アミュレの隣に座り、彼女の服の端をひっぱりながら震えた声を発していた。

 アイリスもアイリスで、幼いながらに自分が来たからこうなったのだ、という責任を感じていた。


 ラビに保護されてからの五日間、彼は精一杯自分と遊んでくれた。

 もう二度と訪れることはないと半ば覚悟していた穏やかな日常が、あの頃は確かにこの家にあった。

 けれどいま家のなかは暗く沈み、暖かかった雰囲気は、沈んだ重たい空気ですっかり押しつぶされてしまっていた。


「……大丈夫……ふたりとも……少し……疲れてるだけ……」


 オズロッドが用意したお茶を口にしながら、ただ一人彼女だけが、いつも通りの振る舞いをしていた。

 それが演技なのかそうでないのか、他の者には察しかねたが、おそらく両方だった。


 彼女はラビに心から感謝し、一部の者が彼を評するのと同じく、英雄とさえ思っていた。

 シキというバディを失い、傷心していた彼女を救ったのは彼だった。

 この世界が仮想ではなく現実の延長なのだと然としてくれたのは彼だった。


 その彼が傷つき、膝を折っているとき、彼女はただ看病することしかできなかった。

 人付き合いは元から苦手なほうなのだ。他人からの攻撃を受けることで心の疎通を図るのが弔花の生き方であり、それはいまのラビにはとても期待できることではなかった。

 いや、そもそも彼が他人を無意味に攻撃する光景など、想像すらできない。

 弔花がどんな行いでも受け入れる覚悟があろうと、すべては水泡と消える。


「ひとまず、暫定のリーダーを決めるべきですね」


 アミュレが不本意を隠そうともせず告げた。


「私の……私たちのリーダーはラビさんおひとりだけですが、こうなった以上は、仮の頭目を置かなければ行動の指針が立てられません。といっても、該当するのはひとりしかおりませんが」

「……?」


 弔花は彼女の言葉の真意を汲み取りきれず、首を傾げた。

 本人以外が、全員弔花に目線を向けていた。


「というわけで、お願いします弔花さん」


 アミュレが答え合わせのように言うと、


「いや」


 と即答された。


「………………はい?」


 予想外の返答に、アミュレが調子の外れた声をあげた。

 オズロッドも腕を組みながら、弔花らしからぬ速度の返答に唖然とした表情を浮かべている。

 アイリスはというと、アミュレと弔花の双方を不思議な物でも見るようにきょろきょろと目を行ったり来たりさせていた。


「あの、理由をお訊きして良いでしょうか? 私としては年長でもあり、冷静に判断を下せて、かつ向こうの世界にいるラビさんと直接お会いできる弔花さんが、あらゆる意味で適任だと思うのですが……」

「冷静さは……アミュレちゃんのほうが……上……。リーダーじゃなくてもラビと会うことはできるし……年長という理由でリーダーを決めるは、危険」


 もっともだった。

 学業の成績は決して悪くはない弔花だが、こちらの世界の知識についてはアミュレに及ぶべくもなく、かつ、ラビとの橋渡し役など、それこそリーダー外の人間が行うべき仕事だった。年の数で統率者を決めるというのも論外である。


 となると、消去法としてリーダーは自ずと決まる。

 現在のパーティメンバーはここにいるオズロッドを抜いた三人のみ。

 弔花が辞退したことから、残るはアミュレとアイリスのみ。どちらを選ぶべきかは、誰の目にも明らかだった。


「……つまり、弔花さんは私がリーダーにふさわしいと?」


 眉を寄せて、怪訝な顔で彼女を見た。

 アミュレからしてみれば、ここは許さない罪を背負った自分を、ようやく受け入れてくれた拠り所だ。

 性能は盗賊でありながらヒーラーを行うという、至って理に適わないロールであり、お荷物にこそなりはすれ、間違っても全体を指揮する役目を任されるような人間ではない。


 だが弔花と同調するように、隣のアイリスが袖をくいくいとひっぱりながら、笑みを浮かべて言った。


「私も、お姉ちゃんにリーダーをしてほしい」


 いつの間にか自分のことを姉と呼び始めたアイリスが、花のように屈託ない顔でそう言うものだから、アミュレはたまらず、ぐ、と言葉を飲んだ。

 歳はおそらくひとつふたつしか違わないだろうアイリスだが、これまでに受けた境遇のためか、それ以上にひどく幼い印象を与えられる。そんな彼女にこう言われて、拒否できる人間などいようものか。


「わかりました。なるべく善処させていただきます。……ですが、本当に危ない状況になったときは、各々最善だと思う方法で逃げてくださいね」


 観念したように目を瞑りながら告げるアミュレに、ふたりが首を縦に振って応えた。

 オズロッドはその光景を、懐かしむような、そして羨むような眼差しで見ている。


「なんつーか、不思議なパーティだな、お前らは」

「え? どういう意味ですか?」

「どういう意味って……普通、リーダーとサブリーダーが同時に抜けて奴らってのは、もっとうろたえるもんだ。場合によっちゃ、そのまま崩壊することだってありえる。だってーのに、お前らはすぐに次にどうするかを決める方針に切り替えて、あっという間に結論を出しちまった。そういうのは、両方の指を使いきるくらいの年をかけて培っていくもんだ」

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