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 スキルの発動とともに前方へ跳び、疾風の如くドラウグルに迫る。


『リズレッド 早く 来い』


 使い捨てるように次々と声を変える悪鬼を前に、彼女は冷静だった。一直線の特攻をせず、フェイントを交えての高速移動で、敵の狙いを外しながら進んでいく。雷電のような残影が、縦横無尽に玉座の間を走った。

 部屋の全景を捉えられるこの位置からでなければ、俺はその動きを全く視認できなかっただろう。


(遠い……)


 手に残った温もりだけが、俺に残った彼女の全てな気がした。これがリズレッドとの本当の距離なのだと、否応無く理解させられる。

 気づけば俺は、咄嗟に前方へ足を踏み出していた。これ以上、彼女との距離を空けたくないという気持ちがそうさせていた。

 だがリズレッドは、


「――《ストライクブレイク》」


 再びスキルを使用すると、俺はついに彼女を見失った。


 ドガァ!


 衝撃音が鳴り響いたのは、それとほぼ同時だった。

 急いで首を振ると、ドラウグルが玉座ごと後方の壁まで吹き飛ばされているのが見えた。


『ガ グ ァ ?』


 奴も何が起こったかわからない様子だった。数メートル先にいた標的が、次の瞬間には自分の眼前へ迫り、壁へ吹き飛ばしたのだ。魔王軍といえど、その雷火のような攻撃を捉えることはできなかった。

 彼女の起こした攻撃は、速度強化の《疾風迅雷》と、高速突攻撃の《ストライクブレイク》の合わせ技だった。速歩強化の補正がかかるスキル同士の相乗効果により、もはやこの場にいる誰も、彼女を捉えることはできない。

 バーニィの師であるリズレッドが《ストライクブレイク》を習得していないはずがない。《スカーレッド・ルナー》の二つ名に相応しい威容が、ドラウグルを襲っていた。俺は彼女の逆鱗に触れた奴を、初めて哀れに思った。


『グォォ ォオオ オオオ!!』


 たまらず悲鳴を上げる奴の口を、悪鬼の腹に乗ったリズレッドが二撃目の剣で塞いだ。グクッという短い悲鳴が漏れた。


「もう声を探さなくもいいぞドラウグル。お前はもう、一言も喋るな」


 冷淡に告げる彼女を、ドラウグルは体勢を変えて吹き飛ばした。ぐるりと横転し、腹の上に乗ったリズレッドを弾きとばしたのだ。だがそれを予期し、彼女は飛びざまに再び剣戟を浴びせた。


「《灼焔剣》ッ!」


 刀身が炎に纏われ、炎熱の剣がドラウグルの腹を攻撃したが、奴は咄嗟に体の内側からエルダー人の遺体を湧き上がらせ、本体へのダメージを防ぐ。


『ああああ! 痛い! 熱い! 酷い! 副隊長が 俺たちを 斬った!』

「ぐッ……!」


 肉の焼ける臭いが鼻腔を刺激した。

 数歩間の距離を置いて、ドラウグルとリズレッドが対峙する。変幻自在の奴の攻撃手段が読めず、攻めあぐねいているのだ。だがドラウグルも彼女のスピードを捉えることができないため、下手に動くことができない。しばしの硬直が訪れた。


「……そうだ、私は酷い女だ。この国を守ると誓っておきながら、今は国の者全員に刃を向ける、最低の女だ」

『大丈夫 俺に喰われれば みんなとずっと 一緒だ』

「……この国から落ち延びた直後の私だったら、きっとその提案を受け入れたのだろうな。だが今は違う。私に生きる道を示して、絶望から救ってくれた者がいる」

『それは 仮初めだ。 リズレッド、 お前は 騎士の本望を果たせなかった現実から 奴の甘言に乗ることで 目を逸らしているだけだ』

「違う! 愚者と化した王や、この国の民を討つことが、私に残された最後の使命だ!」

『王に忠義を尽くすのが 騎士の使命だろう。 王はいるぞ 俺の腹の中に。 俺の腹の中で 永遠に使命を果たせるぞ』


 ドラウグルはそう言うと、次々と体中から騎士の遺体を生やした。幹から枝が伸びるように、めきめきと音を立てながら上半身だけだらりと現出した十人以上の騎士たちが、代わる代わるにリズレッドに声をかけた。


『副隊長、俺たちと一緒に来てください』『ここは最高です。敬愛する王と、同じ場所で力を振るうことができます』『その通りです副団長。ここは新たなエルダー城です。なにも恐ることはありません』

「マッシュ……ギル……アラン……やめろ。やめるんだ。エルフの誇りを、そんな奴に明け渡すな!」


 リズレッドの悲痛な叫びが上がる。だがいつの間にか現れていた王が、鼻で笑いながらそれを切り捨てた。


『なにが誇りだ』

「ッ! 王!?」

『お前こそエルフの恥だ、リズレッド。見当違いの自論で主君に刃を向けるとは、失望したぞ』

「……そんな……私は……」


 俺はたまらず声を張り上げた。


「耳をかすなリズレッドッ!!」

「ッ!?」

「そんなのは全部ドラウグルが操ってるだけだ! 彼らはもう全員死んでいる! 正気を保て!」

「……っ! あ、ああ!!」


 リズレッドはそう言うと、再び《疾風迅雷》を発動させた。超速の剣が次々に繰り出され、奴は生やした騎士の亡骸でそれを迎撃する。エルダー騎士団を全員相手取るようなその所業は、さすがのリズレッドでも分が悪い。俺は加勢したい気持ちをなんとか抑え込んだ。

 頭数ではこちらが不利だが、機動性はこちらが上だ。しかし一番の問題は、奴の精神攻撃にどれだけリズレッドが耐えられるかだった。

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