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「どうしたドラウグル! エルダー騎士団はもっと強力だったぞ! 喰らった本人が鈍重すぎて、扱いきれないのではないか!?」

『くそ 副団長 本気で 俺たちを 殺すつもりか!』

「違う! お前たちはもう死んでいる! 傀儡になってこの世に残ることを、本当のあいつらは望まない! だから私が斬るのだ!!」

『俺たちはこうして生きていますよ副団長!』

「黙れ!!」

『何故ですか!? 一緒に《リーベの宿》特製のエールを飲んで、祝賀会を楽しんだことも、俺は覚えています! 俺は俺です! 信じてください!』

「うるさい!! 喋るな!!」


 速度を増すリズレッドの攻撃に、次第に騎士たちの体は斬り落とされていった。悲鳴を上げて恨み節を吐きながら消えていく様は、部外者の俺が見ても、地獄と呼べる光景だった。だがそれと同時に、彼女自身からも悲鳴が聞こえた。声には上がらないが、仲間の体を斬り刻むごとに、己の精神をも傷つける悲歎な悲鳴が、確かに聞こえたのだ。


『グオォォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!』


 突然ドラウグルが雄叫びを上げた。亡骸の顔ではなく、本体の鬼が啼いた。

 彼女の連続攻撃に対して、ついに不動を保てなくなったのだ。ずしずしと重い巨体を動かし、玉座の間を軋ませながら奴がリズレッドに突進する。

 体からは無数の肉鞭が伸び、それを回避しつつ接近し、


「はぁああッ!!」


 バシュ!


 一閃が放たれた。

 奴の片腕が宙を飛んだ。


『グギャァアアアア!?』


 それが決まり手となり、戦局は彼女の優勢に傾く。


「死ね! この世から消え去れ! ドラウグル!!」

『アアア! 副団長! 待って! 止めて!!』

「ッ!!」


 だが俺はそれと反比例するように、胸に不安が募っていくのを感じた。リズレッドの剣が一太刀ごとに精度を増しているのだ。あんなに震えて、本来の力の数割しか出せていなかった剣戟が、エルダーの亡骸を刻むごとに、疾く、鋭くなっていった。


「リズレッド……?」


 返事はなかった。彼女の白剣が、幾重にも残像を残しながらドラウグルの周りで輪舞(ロンド)を舞っている。

 気づけはドラウグルは防戦一方となり、リズレッドの容赦のない刃を受けるだけとなっていた。

 戦場は彼女の独壇場だった。悪鬼のあらゆる防御を、剣で切断し、本体を切り刻む。無数に伸びるエルダー人たちの亡骸は、彼女にとってもはや標的としか認識されていないようだった。


『やめてくれえええて! 副隊長!! たのむ!!』

「うるさいぞ」


 表皮に現れた騎士団の一人であろう男の顔が、リズレッドの剣で一突きに潰された。感情を伴わない所作だった。先ほどメルキオールに見せたような、現状を判断して最適解の行動を取る無駄のない動きが、落城を支配する悪魔を、逆に支配していた。

 ドラウグルは彼我の差を理解したのか、あらゆる彼女の知人と思われる亡骸を現出させた。騎士団、侍女、仕官。悪鬼の体から抜け出て同情を誘う言葉をそれぞれ口にしたが、ことごとく破壊された。

 気づけば俺はリズレッドのもとに走っていた。強烈な危険信号が、俺に走れと命令していた。彼女の心のタガが外れかかっているのか、あるいは心自体が消えかけているのかはわからないが、このままでは、彼女が彼女でなくなる気がした。

 俺が玉座の間の入り口から彼女のもとにたどり着くまでの、ほんの数十秒の間にも殲滅は続いた。たどり着いた頃には、玉座周辺はさながら惨殺死体が遺棄された犯行現場のように様変わりしていた。それを見てとても怖くなった。ゾンビに変わってしまった人たちは、殺して天に還してやるのが救いだと思っていたし、事実、バーニィの一件でそれは確信を持って言える。

 ……だが、いま目の前で彼女が振るう剣は、本当に彼らを救っているのだろうか? 感情の伴わない攻撃で殺されるゾンビたちに、本当に救いはあるのか?

 しかしそんな不安とは裏腹に、リズレッドの剣戟はさらに猛威を増していた。ドラウグルはもはや何もできず、内側から湧き出るエルダー人が枯渇するのを待つばかりのように思えた。


「……」


 何十人もの顔見知りを斬るリズレッドは、全くの無言だった。庭に生えた雑草を抜くように、ドラウグルから生える亡骸を淡々と斬った。だが、


『やめてくれ、リズレッド』


 その声を聞いた途端、彼女の剣が、ここにきて初めてぴたりと止まった。 

 その声は今までの継ぎ接ぎの言葉とは違い、たった一人だった。初めてリズレッドが動揺を見せ、ドラウグルはその隙を突いて、一人の老人を排出した。

 腐してなお静謐さを感じさせる風貌の、神聖じみた老人だった。

 上半身だけを悪鬼の体からひり出されたその人は、ゆっくりと上体を起こすと、彼女の目をはっきりと見て言った。


『お前は……私を殺すのか?』

「……父上?」


 リズレッドの声が少しだけ震えた。

 神官を勤めていたという、彼女の自慢の父親。無残なゾンビとなってしまっているが、それは親子の再開に他ならなかった。

 だが彼女は再び平坦な声音に戻ると、怖るべき冷酷さで告げた。


「……はい、死んでください」


 白剣が老人を襲った。横薙ぎの一閃が首を切断するため宙を走る。なんとか間に合った俺は、彼女の肩を揺らしてそれを咄嗟に止めた。このまま奴を攻撃し続ければ、俺たちの目的は達成される。いずれ手駒がなくなったドラウグルは再び王を湧き立たせるだろうが、リズレッドはそれすらも一切の呵責なく両断するだろう。王を救うという目的は果たされ、ドラウグルを討伐してこの国は解放される。

 だがそれは、取り返しのつかない道へのトリガーになる気がして、どうしても見過ごせなかった。

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