04

 地図と面合わせをして唸る少女を尻目に、俺たちは互いがおおよそでも現在の位置を把握していることに一縷の希望を託したが、結果はこの有様だった。ここでアミュレすらも迷ってしまえば、本当にここでこのパーティは全滅してしまう可能性すらある。冗談のような状況だが、現実味を帯びてきた危機に背筋に冷たいものが走る。


「……おそらく、一定時間で通路が自動で切り替わる仕組みなのでしょう。見てください、ここ。通路に薄くですが切れ目があります」


 そう行って石床を指差すアミュレ。床は不規則な形の石を組み合わせて一本の道となっているが、確かにその指差す箇所だけは綺麗な一直線に石が区切られていた。


「…………まいったな。これだけ入り組んでるのに、さらに通路が一定感覚で組み換わるのかよ」

「むぅ……これは…………」


 横にいるリズレッドとふたりで顔をしかめる。

 ランプの灯だって無限にあるわけではないし、食料だって1日分しか持ってきていない。いままではそれで十分だったから今回もこれで行けるだろうと腹を括ったことが仇となった。どうやらこの第一層は、奥へ行けばいくほど敵の強さも構造の難易度も格段に跳ね上がるようだ。


 ここで迷えば、食事が必要ない俺はともかくとして、リズレッドとアミュレに危険が及ぶ可能性がある。なんとか脱出の方法を模索するため思考を巡らせ始めた直後、


「いえ、大丈夫です。組み換わるといっても、新しい通路がいきなり構築されるわけじゃありません。いままで通ってきた通路と入れ替わっている可能性もあります。ええと……」


 顎に手をやって真剣な眼差しで羊皮紙を眺めながら、アミュレがそう告げた。

 それから彼女は自分の記した地図と向き合い、なにかを検証するように沈黙した。こうなってしまうと希望は彼女だけだ。俺たちふたりは黙考する少女が、せめて安心して思案できるように周囲の警戒に全力を尽くす。


 そして数分が過ぎた後、アミュレは問題が解決したことを告げるように小さく微笑みながら頷き、


「ふぅ、お待たせしましたお二人とも。なんとか帰りまでの進路を確保できそうですよ」


 そう言ってのけた。


「本当か!?」

「はい。この分岐路、どこかで見覚えがあると思ったんですが、ほらここ。前に地図で記していたこのエリアの分岐路と全く同じ形状だったんです。特徴的な形をした石が分岐の又に使われているのも同様なので、おそらくここと現在の二地点が組み変わったんだと思います。とすれば、この二つに別れた道の先がどうのような通路になっているのかも大体想像はつきます」


 なんでもないことのように淡々と告げるアミュレを前に、思わず口がぽかんと空いてしまうのを必死で抑える。それは隣にいたリズレッドも同じだったようだ。


「アミュレ……君は、迷宮学も収めているのか?」

「故郷が知識を重んじる風土だったので、物心付く前から叩き込まれましたね。子供のころに覚えた知識は一生忘れないとかで、寝るとき以外は実地研修か座学をしていました」


 ……うわぁ、想像しただけで頭が痛くなってくる。

 そういえば前ににシュバリアにいた頃の話を聞いたとき、成績がかなり優秀だったとか言ってたもんなぁ。彼女にとっては忌むべき記憶で、それはどう取り繕っても晴れることはないんだろうけど、こういう場面でその知識が活きるというのも素直に喜んで良いのかわからない話だ。


「じゃあ俺たちはアミュレの指示に従って先行するよ。情けないけど、もう方向感覚が完全に狂ってるんだ」

「……同じくだ。済まないアミュレ」

「いえいえ、癒術以外にもお役に立てるのなら、私としても嬉しいです」


 そんなやり取りをしながら歩くこと二時間、結局エリアが組み変わった箇所は最初の一箇所のみだったが、敵の襲撃に手間がかかっているうちにウィスフェンドへ帰還する頃にはすっかり日も暮れてしまっていた。迷宮の敵にばかり気を取られて、迷宮そのものに注意を払わなかった俺の落ち度だ。開放感のある夜空の下に出ると同時にアミュレに頭を下げると彼女は困ったように笑い、リーダーにそんなに謝られると困っちゃいますよ、と語った。……ううむ、このまま彼女に頼りっきりも不甲斐ないし、俺も迷宮学とやらを勉強してみるかなぁ。


 1日の大半を迷宮で過ごすというのは、それだけで精神的に追い込まれるものがある。古代図書館はまだ広さがあるから圧迫感は少ないが、それでもこうして広々とした夜天に出ればわかる。天井がないとうことがどれだけ素晴らしいことなのか。


「それにしても、ようやく地上か。全く、敵の数が最初に比べて異様に多くなってきた気がするのは気のせいか?」


 伸びをしながらそう毒づくと、アミュレが見解を示した。


「おそらく迷宮内の生態系が崩れたんでしょう。長く外的侵入がなくて安定していたなわばりが、私たちの登場によって変化したんだと思います」

「ああ、たしかに会敵した相手は全員倒してるもんなぁ。そこを埋めるために他のエリアの魔物が入ってきて、そいつらとも会敵して……っていうのを繰り返してるわけか」

「はい。発見されたばかりの迷宮ではよく起こることらしいです。こうなると今後、魔物との戦いの頻度がもっと上がることを想定したほうが良いかもしれません」

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