05

 思案げにそう応えられ、思わず肩を落とす。一週間という時間をかけて一層の突破できていないというのに、今後はさらに会敵の頻度が上がるというのだ。このクエストの目的は、調査団が安全に太古の遺産を回収できるように古代図書館の構造を完全にマッピングすることだ。一定時間で組み変わる可変構造の出現といい、どこまで深いかわからない遺跡の玄関口でいつまでも手を拱いているわけにもいかなかった。


「……やっぱりパーティメンバーを追加したほうがいいかもな。手数の多いアタッカーをさ」


 自然と俺はその言葉を口にしていた。敵との遭遇が増えるなら、それに見合った攻撃手を増やせばいいという単純な考えだ。幸い多くのゲームと違い、この世界にパーティの上限数はなく、作ろうと思えば百人を超える団体を組むことだってできる。だけど遺跡の調査という名目上、加えるにはフランキスカの承諾が必要なのでそこまで大人数は現実劇じゃない。そしてそれ以上に、そうできない理由があった。


「メンバーを増やすのは賛成だが、人数はひとりに限ったほうがいいだろうな」


 リズレッドが釘を刺すようにそう告げる。


 ――そう、このクエストの最大の報酬である「遺跡内の書物の自由閲覧」こそが、簡単にメンバーを増やせない一番の原因だった。

 あまりに大多数の人間をパーティに加えると、自分たちだけが握り得るエデンへ続く情報を、それだけ多くにプレイヤーと共有することになる。いや、それだけならまだしも、面白半分にネットでそれを公開などされてしまえば、もはや泣くしかない状況になるのだ。

 マナと情報を共有するだけでもリスクが大きいのに、これ以上の大盤振る舞いはなるべく避けたい。一億ドルという報酬をこの世界の通貨に換金し、エルフの国を再興するというリズレッドとの約束を果たすためにも、そこはシビアに考える必要があるのだ。


「ひとり……ということは、レベルは30を超えた冒険者が理想ですね。私は15で迷宮に入っておふたりに付いていくうちに23まで引き上げられましたが、それでも辛いものがあります。アタッカーとして古代図書館に同行を願うなら、それくらいは必要かと」

「いや、30を超えたプレイヤーなんてこの世界に滅多にいないよ。ネイティブだったら達人の域に達した冒険者のレベルだし、そんな人を雇う金は情けないことにいまのところない。それに、あまり部外者を入れるのはフランキスカが承諾しないと思う」

「では……最低でも20を超えた方が欲しいですね」


 俺とアミュレは新たに加入させる人物像を思い浮かべ、思案に暮れた。

 レベル20でさえALAプレイヤーの間では上級者……というより、いわゆる廃人の領域なのだ。この世界は敵が基本的に強い上に、ネイティブと積極的に交流を持たなければプレイヤーはスキルさえまともに習得できないという仕様上、単純に雑魚狩りをしていれば実力が上がるというものじゃない。一年間ログインを続けたALAプレイヤーのうち、レベル20を超えるプレイヤーの割合は10パーセントほどと言われている。アミュレが最初に語った理想のレベル30プレイヤーに至っては2パーセントほどらしい。

 ちなみに俺の現在のレベルは32だ。奢るわけではないが、そこに達するまでの道のりを考えれば、妥当な数値だとは思う。もっとも隣にはいつもレベル55という英雄級の実力を持つリズレッドがいるので、その自信は全くないのだけれど……。


「当てはあるのか?」

「…………」


 ふいに放たれたリズレッドからの問いに、思わず押し黙る。だが実のところ、当てはないわけではなかった。……いや、というよりも、適任がひとり浮かんでいる。

 レベルは20以上であり、フランキスカからの加入承諾も用意なほど、城塞都市防衛戦で活躍をした冒険者。そしてなによりも俺はこの目で見てる。おびただしい数の蜘蛛の子を、その早剣により難なく斬り伏せた確かな力量を。


「……はあ、仕方ない。鏡花に頼んでみるか」


 聞きなれない名前を耳に入れたふたりが、きょとんと首をかしげた。



 ◇



 明くる日、ベッドから起き上がって洗髪を済ませた俺は、ベッドの上で鏡花に迷宮探索の頼みをどう切り出すか考えていた。

 弔花との「一緒にパーティを組んで冒険をする」という約束は、三日前にもう済ませていた。彼女のバディだったシキという青年の墓を作り、そこに花も贈った。あのときの弔花のどこかほっとして、どこか寂しそうだった表情はいまでも鮮明に頭に浮かぶ。こちらとしても他のプレイヤーと信仰を持つのは願ってもないことだから、また定期的にパーティを組む約束をしてその日は別れた。


 ……だが問題は、その姉である鏡花のほうだった。

 一対一の決闘となると、いくら命がかかっていないとはいっても段取りというものがある。なにせ向こうは『血濡れの姉妹』として有名なプレイヤーだし、俺も図らずとも先の一件で『ザ・ワン』として知名度が訳のわからない上がり方をしているのだ。そんなふたりが一騎打ちなどすれば、かならず注目が集まる。勝負の勝敗が今後のプレイヤー同士の交流にもかかわってくるのは目に見えていた。

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