06

 ……いや、それも口実だな。俺はただ単純に彼女の剣を受けるのが怖いんだ。彼女からはどこか、レオナスに似た危うさがある。むろん、アラクネと一緒に戦ったことで彼女が奴ほど狂人ではないという確信は持てたのだが、それはそれとして鏡花のあの神速の剣戟は圧倒される。技術以上に使い手の執念とでもいうような剥き出しの意思が、刀を通してこちらの心に直接叩きつけられるような気がするのだ。


 ――とまあ、そんな具合で決闘の約束もまだ果たしていないというのに迷宮探索の願いなど厚顔にもほどがあるというわけだ。


「――あいつ、自分のことをサディストとか言ってたっけ。どうしてあんなに他人を傷付けることにこだわるんだ?」


 他人の趣味趣向への詮索は、いくら考えても答えは出ない。論理的な回答なんてないのかもしれないし、結局どれだけ正統性のある推論を立てても、本人の口から聞かない限りこちらの妄想に過ぎないからだ。


「あーもう、考えてても埒が明かない。しょうがない、ここは素直に頼み込んでみるか」


 ボードでアプリを起動し、鏡花へメッセージを送る。内容は簡潔に『城塞都市の地下迷宮の攻略を手伝ってくれ』だ。こういうのは下手に取り繕ったほうが嫌味になる。簡潔にこちらの思いを伝えたほうが……


 ピロン


 そんなことを考えていると、伝言を送信してから数分と経たずに返信が来た。相変わらず彼女の応対の速さは目を見張る。攻撃手段も手数に物を言わせた物量作戦だし、元来そういう性分なのかもしれない。そして肝心の答えは――


『その前に例の約束を果たしてくれませんこと?』


 ……まあ、ですよね。


『悪い、別に避けてたわけじゃないんだけど……』

『構いませんわ。相手の行動を急かすのは、私も好きではありませんから。ですがまさか先の約束を守るまえに次の願い事をされるとは思っていませんでしたが』


 言外からの威圧が心に突き刺さる。向こうにしてみれば予定をすっぽかされた上に次の予定を入れられているようなものなのだから、そりゃそうだろうという話だ。だけど心なしは言葉の棘がいつもより鋭い気もして、思わず問いかけた。


『決闘を先送りにしてたのは謝る。でもそれにしたってなんか機嫌悪くないか?』


 そのメッセージを送って数十秒、一分にも満たない時間だが会話が途切れた。

 通常なら違和感を覚えるほうがおかしいぐらいの間断だが、速射砲のように会話を切り出してくる彼女にとっては珍しいことだ。


『……あのスキル』

『スキル?』

『メフィアスとかいう魔物を倒したときに使った、あのスキルですわ。……あの力は、私の戦いでも使って下さって?』


 思わず吹き出しそうになった。

 昨日リズレッドたちとどんなことがあっても使わないと約束したばかりな上に、あんな力は人に向けて使用して良いものじゃない。いくら鏡花が熟達したプレイヤーだからといっても、さすがにハンデがありすぎるというものだ。


『あれは人に向かって使うスキルじゃない。鏡花だってわかるだろ』

『あら、それは私が未だ『人の内』にいるということでしょうか?』

『いや……なにを怒ってるのか知らないけど、俺はあのスキルは絶対に使わないって仲間と約束したばかりなんだ。それに詳しくは言えないけど……その、トリガーはひとりの力で制御できるものじゃない。リズレッドの合意が必要で……』

『へえ、トリガーという名前ですのね。……残念ですわ、あのスキルが習得できれば、私のALAでの活動内容もより豊かになると思いましたのに』

『プレイヤー同士ではスキルの継承は発生しない。それはこの一年間で実証されてるだろ? 継承条件はあくまでもネイティブから教わるときだけだ』

『ですが、なんらかの糸口を見つけることもできるかもしれないでしょう? 人はそうして連綿とこの現実世界で、技術を成長させてきたのですから』

『……なあ鏡花、俺と決闘したい理由って、もしかしてそれか?』


 急に血が冷えていく感覚が全身を覆った。

 プレイヤーであれば誰よりも強くなりたい、誰よりも金を所有したい、珍しいスキルを手に入れたいという願望が湧くのは当然だ。だけどあの一戦を目の当たりにして……血を流して戦う俺を見て、それでもなおトリガーを求めるのだとしたら、彼女はやはりタガが外れている。


『そう怒らないでくださいませ。……私も少し、調子に乗りすぎましたわね。結論から言いますと、トリガーを手に入れたいという気持ちもなくはないですが、それよりも私はあなたと闘いたいのです。そして無残に敗れて崩れ落ちるあなたを見たい』

『この前話してたサディストの性ってやつか? 全く、とんだ女と知り合いになったもんだ』

『あら、引かないんですのね』

『鏡花がそういう奴だっていうのはもう知ってるからな。人の趣味をどうこう言うのは嫌いなんだ。俺だって大学生活をほっぽりだしてギルドに入り浸ってる人間だからな。ま、お互い様ってやつだ』

『それは殊勝な心がけです。ではなおさらぜひに、私と果し合いをお願いいたしますわ』


 正直、鏡花がなにを考えてここまで俺と戦いたいのか、俺にはわからない。どうして相手をここまで執拗に傷付けたがるのかも予測すらできない。だけどひとつだおぼろげにわかったのは、ただの趣味趣向で彼女がそれを望んでいるのではないということだ。文字だけの会話でも伝わってくるほど、鏡花は俺との決闘を切望している。……だったらもう、逃げるのはなしだ。そんなことをすれば、きっと将来後悔する。なんとなくだがそんな直感があった。

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