28

 その言葉に胸が鈍く痛む。

 改めてあのときを思い出すことで、自分の原点が呼び起こされた。


 脳裏に浮かぶのは、あの悪魔と対峙して俺を守ってくれた、ひとりのエルフの姿だ。


(……ああ、そうだった)


 あのとき心が折れそうになっていた俺を、寸前のところで救ってくれたのが彼女だった。

 彼女がいなければ、俺……ラビはもうこの世界にはいなかっただろう。

 あの悪魔から決死の覚悟で守ってくれたリズレッドがいたおかげで、こうやってこの世界を楽しみ、一年間旅を続けられた。あそこでこの世界をクソゲーと決め、プレイを辞めていた未来も、十分にあり得たのだ。


 そしてその旅は、《エデン》を見つけるという最大目的もあるが、それと同じくらいに彼女と比肩する男になりたいという目的があったら、ここまでこれたのだ。

 そして思い描く強い自分のイメージは、いつだってあのときアモンデルトに挑みかかった彼女だった。誰かのために命を張る強い姿だ。


 では昨日の俺は、その理想に沿っていたのか?


 リズレッドへの嘲笑を隠れ蓑にして、煽られて湧いた怒りにそのまま身を委ねた。それは強くなりたいと願い、その申し出に尽力してくれた彼女への裏切りに他ならないのではないか。

 そこまで思考を進めて、改めて自分の子供さがわかり落胆する。目の前の少女のほうが、何倍も大人であるとすら言えるだろう。


「……ラビさん?」

「……俺もアミュレを見習わないといけないな」

「?」

「弱い自分に囚われて、気持ちの本質が曇ってた。ありがとう、アミュレ」


 感謝を込めて頭を下げると、彼女は再び驚いて肩を揺らした。

 全く、こんな小さな子に気づかされるなんて恥ずかしい限りだ。早く謝ろうとか、お詫びの品を買ったりとか、小手先の手段を嵩じる前に、自分の原点に立ち返ることが大切だったというのに。


「ラ、ラビさん!? やめてください! 私はなにもしてないんですから!?」

「いや、本当に助かった。アミュレがいなかったら、俺は本当にただの馬鹿になるところだった。だから感謝の気持ちは受け取って欲しい」

「…………はぁ。なんだかよくわかりませんが……ラビさんって真面目で、正直者ですね。それだけはこの二日間で、よくわかりました。なのでそこまで言うなら受け取ってあげます」

「ありがとう。それでパーティ加入の話だけど、こっちのほうからお願いする。俺たちの仲間になってくれ」


 彼女に手を差し伸べる。アミュレは笑みを浮かべながら、その手を取った。


「はい。こちらこそ宜しくお願いしますね、リーダー」


 ……別に俺はリーダーではないのだが、この場でそれを訂正するのも野暮になると思い言葉を飲んだ。

 時は真昼、頂点に太陽が昇る日差しの中で、付術師の工房の一室で、こうして俺とアミュレはパーティの契約を交わした。


「お話はもう宜しいのですか?」


 話を終えたて一階に戻った俺たちに、ロズが問いかけてきた。


「ええ、こっちのほうは万事解決です。アドさんも、いきなり部屋をお借りしちゃってすみません」

「こんな小汚い家なら、どこをどう使ってくれてもかまわんよ。そちらのお嬢さんの気持ちも、そしておぬしの迷いも、少しは晴れたみたいだしの」


 そう言ってウィンクするアド。さすが年の功か、あの一瞬でこちらの心情を察していたらしい。付術師というよりも魔女のようだなと思ったが、それはさすがに失礼に当たるので、心の中だけに留めておくことにした。


「ふっふっふ。ま、付術師も魔女も、そんなに変わるものじゃないさね」


 カップに入ったお茶に口をつけながら、そう語るアド。

 え、なにこの人こわい。

 ……これは、迂闊なことを考えられないな。顔を引きつらせる俺を見やり、ロズが抗議の声を上げる。


「もう! おばあちゃんったらまたそうやって脅して! すみませんラビ様。祖母は初対面の人を、こうやってからかうのが好きなんです。祖母を見て魔女を連想するのは誰でも同じなので、決して心を読めている訳ではないんですよ」

「おやおや、ひどいことを言う孫娘だね全く」

「……はは、いや大丈夫ですよ。というかロズさんもそう言えるってことは、俺がどう思ったのか大体察せたってことですよね……」

「っそれは……」


 戸惑うロズにアミュレが助け舟を出す。


「ラビさんは顔に出やすいですからねー」

「ええ!? 俺、そんなに顔に出やすいか!?」


 その言葉に対し、場にいる一同が首を縦に振った。自分ではポーカーフェイスな方だと思っていたので、少しショックである。

 俺はひとつ空咳をしてその空気を払拭すると、強引に本題へと移した。ひとりだけ苛められるのはご免である。


「……それでアドさん。ここに来たのは、この武器にエンチャントされてるアビリティを、こっちの杖に移して欲しいからなんです」

「……ほう」


 一瞬でアドが職人の目に変わる。

 俺は腰に下げた《ナイトレイダー》と、先ほど購入したばかりの《ブラッディスタッフ》を交互に指差し、彼女に簡単な説明をする。アドはなぜか折れた愛剣をまじまじと睨むと、「少しそいつを見せてくれるかい」と申し出てきた。アビリティが付与されているアイテムを事前にチェックしたいのだろうと思い、軽い気持ちで机上に置き、彼女へ渡すと、少し感嘆めいた溜め息をつきながら目線を柄から鞘に流し、そして刃を引き抜く。無論、黒い刃は真っ二つに折れ、無残な姿を老女に晒した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る