52

 響くリズレッドの声は遠く、俺はブラッディスタッフを両手で握りしめると、そのまま猛然と特攻した。

 対するトロールは床にめり込んだ金槌を悠然と持ち上がると、再び地面へと叩き下ろす。

 なんの芸もない、同じ攻撃動作の繰り返し。

 これならば虚を突かれない限り、二層で戦った奴らと同じように動きを先読みして有利に動くことができる。

 だがそう思っていたのも束の間。


絶棍衝撃打スタン・インパクト


 いままで唸りや雄叫びしか上げなかったトロール族が、明確な言葉を発した。

 そしてそれに続き、叩き込まれた金槌が苛烈な轟音と衝撃を発生させる。振動と音による外的要因が、強制的に体をすくめさせる。


「――ッ!?」


 多大な衝撃波や振動、爆音は、生物の動きを強制的に停止させる機能を持つ。

 戦争のドキュメンタリーや創作物のなかでしか見聞きしたことがない、本能に直接命令を下されたかのような絶対性。

 時間にしてみれば一瞬だろう。だけどこの狭い密閉空間の、それも接近を試みた瞬間にできた敵の隙を、相手が失することはなく。


「ラビッ!」


 再びリズレッドの声が石壁に包まれた迷宮内に反響する。

 しかしこの場にいる誰もが――壮絶な一撃を放ったトロール以外の誰もが、動くことができず、


 ゴ、という鈍い音が耳に届く。そして暗転。


「――ハ、ァっ」


 次いで、背中に強かな衝撃の感覚。

 動きを止めた俺を、老ドルイドトロールがその膨れ上がった腕筋から繰り出される一撃をもって殴り抜いたのだ。

 大きさが俺の身長と同程度の拳による強撃がまともにヒットし、そのまま足が離地し、壁へと叩きつけられる。


 HPバーがいまの攻撃で半分が削れ、並々と盛られていた緑色のゲージは、もはや次の一撃で吹き飛ぶほどの残量しか残っておらず。


 ――使うしかないか。


 痛みと引き換えに、六典原罪に迫る力を発揮できる諸刃のスキル『トリガー』を。

 ここで。この強敵相手に。


 逡巡の隙を見逃さず、老トロールは畳み掛けるように金槌を天井近くまで持ち上げると、そのまま真っ直ぐにこちらへ振り下ろしてくる。

 迷っっている暇など、ない。 



「『ト――」


 しかし言いかけた言葉が終える前に、ふいに浮遊感が現れた。


「全く、私を守ってくれるのではなかったんですの?」


 鏡花が呆れたようにそう呟きながら、俺の襟首を掴んで疾走。奴の攻撃を間一髪で避ける。

 乱雑にひっつかまれて運ばれるなかで、金槌の豪撃がさっきまで俺のいた場所を丸ごと飲み込んで地面を叩き割った。

 ひゅ、と喉が鳴った。

 あんなものを受けていたら、たとえトリガーを発動していたとしてもただでは済まなかった。

 骨の一本や二本は折れていたかもしれない。そうなったら、激痛に耐えながら尚も戦闘を続行することができただろうか。


「ラビさんっ! しっかりしてください! いますぐ治しますから!」


 これまたぶっきらぼうにアミュレの前に投げ捨てられた俺を、彼女は青ざめた顔のままそう告げると、即座に癒術の翠光を両手に掲げて施してくれた。


「完全回復には、どれくらいかかりますの?」

「ダメージが大きくて……私の力では、ヒールライトを使っても一分は……」


 ヒールやヒールライトのような癒術は、使用すれば即座に回復分の数値がHPに反映されるわけではない。

 レベルの低いうちはその認識でも問題なかったが、体力の総数が増し、それに伴って受けるダメージも大きくなったいま、完全に回復しきるのは時間を必要とする。

 むろん、ヒールよりもヒールライトのほうが時単回復量が上なので、それを使用できるアミュレが謝る必要などどこにもない。


「アミュレのせいじゃない。迂闊に飛び込んだ俺の責任だ」


 なんとか声を発せられるほどに回復すると、不甲斐なさからか苦悶の表情を浮かべる少女にそう告げた。


「ラビ、前後交代だ。私が前に出て君の代わりを果たそう」


 一命を取り留めた俺を見て、リズレッドは一瞬だけ大きく安堵した顔をしてから、戦士の顔へと戻った。

 無謀に突っ込んだことには、あとから言いたいことが山程あると言外に語るその表情に、トロールと対峙するよりも背筋が冷えた気がしたのは気のせいか。

 が、そこへ。


「――いいえ、リーダーの作戦はそのまま続行しますわ。私が前衛で、リズレッドはそのまま後衛。よろしくて?」


 鏡花が抜刀した刀を水平に構えて、騎士の前進を阻む。


「……どういうつもりだ」


 対するリズレッドの声が、鋭く尖った。


「……はぁ。あなたたち、本当に似た者同士ですわね。自分では冷静だと思っているようですが、他者から見たら頭に血が昇っているのはどちらも同じですわ」

「私は冷静なつもりだが」

「では、このパーティの要であるリーダーのラビと、迷宮学の知識を有するアミュレを後衛で放置する意味をお教えいただけますこと?」

「……っ」

「敵は行動の読めない新手の魔物。膂力は強く、スキルを使用できることから知能も高い。そんな状況で、私とあなたがふたりとも前衛で戦って、不慮の事故で後ろの二人へ攻撃が流れたときに、誰が彼らを守るのです?」

「それは……で、では君が退がるんだ。あいつの相手は私が……!」

「ラビを傷つけられたから、自分の手で屠らなければ気が済まない。ですか?」

「っ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る