05

 彼らの勤勉な性格は、大昔にこの街の造り、今でも拠を構えるドルイド族たちの尽力あってのことらしい。


 ドルイドは見た目は人間と全く一緒だが、ほぼ例外なく神官が神託されるほど信心深く、知識への探求が強い種族だ。何かの理由で故郷の森からこの砂塵と岩ばかりの荒野への移動を余儀なくされた彼らは、当時まだ蛮族だった戦士職の人間たちと手を組み、ウィスフェンドの原型を作った。


 彼らが蛮族に教えた最大の教義は『精神を鍛えよ』というものだった。


 人力届かぬ神を崇めるドルイドは、自分たちがちっぽけな存在であることを知っていた。どんなに腕力を鍛えようとも、それが及ばぬ相手がいることを理解していたのだ。なので相手を倒すためではなく、自分を成長させるために心を鍛えよ、というのがドルイドの主張だった。

 だが相手を滅ぼす力を信じていた当時の蛮族たちと、それは正反対の主張でもあった。


 絶え間ない衝突を繰り返しながらも、ウィスフェンドは着実にこの地に都市を形成してゆき、それにしたがい蛮族は彼らの教えが正しいことを理解していった。おかげで今日ではあの門番のように、強靭な肉体を持つ蛮族の子孫である彼らもが、ドルイドの勤勉さを受け継いだ実直さを身に宿しているのだ。


 そして俺たちがこの街に赴いたのも、そのドルイドたちの叡智を借りるためだった。


 《エデン》への到達がクリア条件であると発表され、召喚者は世界中に散らばった。だが一年経ったいまもなお、そこへ至る端緒すら発見されていない。


 勿論、これは情報が出回っていないだけで、なにかを掴んでいるプレイヤーもいるのかもしれないが、そこまでは俺の伝手では知る由もないことだった。


 このゲームは一億ドルという報酬が掲げられている関係上、情報の交換がネット上でも驚くほどされない。大多数は『クラン』というプレイヤーが興したグループに所属し、内々で情報を共有しあっている状況で、ソロで活動するプレイヤーは地道に自分の足で情報を手に入れるしかないのだ。


 俺も何度かクランに誘われたことがあるが、なにせリズレッドの人間嫌いで折り合いがつかず、申し出を断り続けているうちに、昨今はすっかり誘いはかけられなくなっていた。


 当のリズレッドはそのことを申し訳なさそうに謝罪するが、こちらとしてはパートナーの意見を聞くのは当たり前のことなので、そう畏れれても困る。情報の交換が望めなくても、彼女のおかげで俺はプレイヤーの中でも上位のレベルに属する存在になっているのだから、むしろ恩恵のほうが大きいくらいだ。


 話は戻り、俺たちはそんな叡智を探求したドルイドたちの古い文献を探るために、こうしてシューノから北に位置するここ、《城塞都市ウィスフェンド》に訪れたという訳だ。

 そして実はもう一つ、ここに来た理由があった。


「ここで、エド団長の消息も掴めればいいんだけどな」

「そうだな……」


 俺たちはエルダー騎士団の団長を務めていたエドゥアルドヴィチ・ベルトールのことを考えた。

 名前が長いので騎士団内ではエド隊長と呼ばれていたらしいので、俺もそれを拝借してそう呼んでいる。


 二ヶ月前、この街にエルフが訪れたという話を耳にしたのだ。

 残念なことにこの大陸には隣のリズレッドを除いて、他はエド隊長しかエルフの生き残りはいない。他大陸には少数の集落を築いて生活しているエルフもいるらしいが、彼女たちは他の地域への関心が薄く土着信仰が強い傾向がある。大陸を跨いでまでこの街に来る可能性は低いのだ。

 となれば、目撃情報のあったエルフはエド隊長の可能性が高いと踏んだのである。


 ……と、そこまで考えたのは良かったのだが、そこからが苦難の道だった。


「いま思い出しても、もう二度とやりたくないクエストだな」

「なんだ? なんの話だ?」

「通行証をもらうためのクエストさ。岩石系モンスターからドロップする《ブロック岩》を千個持ってこいとか、気が狂うかと思ったよ……」

「あれは……朝から晩まで《岩とかげ》を追いかける日々だったな……」


 あのニヶ月間を思い出し、二人して目が遠くなった。

 俺は合間に大学があったからまだ良いほうで、リズレッドに至っては誇張抜きにして一日中岩とかげという、五十センチほどの意思を持った岩石モンスターを追いかける日々をニヶ月送ったのだ。もはやトラウマレベルであろう。

 願わくば俺たちが採取した《ブロック岩》が、この街のどこかで立派な建築物の一部となって、領民の生活に役立って欲しいものである。


 肩を落とす俺たちを無視し、先行するアミュレはぴょんぴょんと飛び跳ねながら俺たちを急かした。


「ふたりとも早くーっ!」


 体をすっぽり覆った白のローブが、小柄なアミュレのジャンプで軽やかに揺れた。

 リズレッドはそんな彼女を見て、トーンを落として告げた。


「……ラビ、私は彼女をパーティに誘うのは反対だ。どうも何かを隠しているような気がして、一緒に行動するには危険が大きい」

「俺もそれは同感なんだけど、彼女のことをまだ何も知らない訳だし、俺たちだってそろそろ前衛だけじゃ辛くなってきたって話してただろ? 話くらいは聞いてやってもいいんじゃないかなぁ」

「それはそうだが……その……男の手を簡単に取るような奴は、いまいち信頼できないというか……ごにょごにょ……」

「エルフと人間の感性の違いじゃないか? 俺だって出会い頭に、リズレッドにポーションつっこんだし」

「あれは仕方ないことだ! いや、確かにいきなりポーションを飲まされたときは驚いたが……」

「だろ? だから彼女の話もきちんと聞いてやってもいいと思うけど」

「……ううむ……ラビがそこまで言うのなら……」

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