06
いまいち腑に落ちないというリズレッドだったが、そこで長いトンネルは終わりを迎えた。
狭い通路からいきなり視界が開けると、ブロック岩で作られた四角形の家が規則正しく立ち並ぶ、ウィスフェンドの玄関口に出た。
整然とした都市計画に沿って作られており、完全な碁盤の目の道路がどこか現実世界を思わせる。
「うわー! ここが《城塞都市ウィスフェンド》ですか! 感激です!」
神官であるアミュレはこの街に特別な思い入れがあるようで、初めてここを訪れたときの俺たち以上に感激していた。
そこまで感動してくれると、連れてきた甲斐もあるというものだ。
「さてと、早めに今日のドロップ品を売らないと、そろそろ店が閉まる時間だ。リズレッド、俺はゴーレム討伐の報酬をもらってくるから、そっちは任せていいか?」
「ああ。では後ほど《黄金の箒》で落ち合おうか」
「了解。アミュレはどうする? 宿屋ならここから左に曲がった先にあるけど」
「あっ、私もリズレッドさんに同行します! 色々と見てみたいので!」
元気に応えるアミュレに対し、リズレッドの表情が一瞬固まるのを俺は見た。
辛辣な言葉を吐かないだけ譲歩してくれているようだが、やはり人間には気が置けないのかもしれない。
小声で俺がアミュレと同行しようかと尋ねると、意外なことに、彼女は慌てた素振りでそれを拒否した。
俺が深く考えすぎただけで、実は彼女もアミュレと親睦を深めたいのかもしれない。心配は杞憂だったようで、ひとまず安心する。
「オッケー。それじゃあ、用事が済んだら《黄金の箒》で落ち合おう。アミュレの話をそこで飯でも食いながら聞くさ」
そう言って一旦二人と別れた。
リズレッドとアミュレが武器屋などが立ち並ぶ中央街へ歩いていく姿を眺めながら、俺はギルドへと向かう。
時計を開くと、時刻は夜の七時を回っていた。
この時間に出歩くウィスフェンドの住人は、冒険稼業の人間か、仕事を終えて帰路につく人間が大半だった。往来は一日の終わり支度をする人たちで溢れ、家庭からは美味しそうな夕食の匂いが流れてくる。
この世界はお金さえあれば、プレイヤーが家を買うこともできる。
いつか旅を終えたら、再興したエルフの国に家を構えて、リズレッドと二人で暮らすのもいいかもしれない。
そんな夢想をしながら歩いていると、ほどなくして目的地が見えてきた。
三階建ての大きな施設で、ここがこの街で唯一のギルドだった。他の建物以上に守りの堅い豪勢な意匠をしており、営みが順調なのがわかる。そんな施設に、屈強な戦士や妖艶な魔導師のお姉さんが、吸い込まれるように次々と入っていった。
俺もその流れに沿って中に入ると、上質なウッド材の床板と何個も壁に取り付けられたランプが、ひと仕事終えた俺を優しく出迎えてくれた。
といっても屋内はおごそかな雰囲気とは程遠く、むしろ活気溢れたバーのような盛況ぶりだった。
すでに出来上がった冒険者たちが、各々のテーブルで今日の勝利を祝って飲みあっている。
俺も初ゴーレム討伐を祝って一杯やりたいところだが、リズレッドたちを待たせる訳にはいかないので、ぐっと堪えて奥に設置されたカウンターへと歩いた。
頑丈そうな木製カウンターの上に鞄から取り出したゴーレムの残骸を置く。
「ゴーレム討伐のクエストを達成しました。確認お願いします」
「おつかれさまですラビ様。ただいま確認いたしますので、少々お待ちください」
アッシュグレーの綺麗なショートを揺らしながら、受付嬢が丁寧な対応をしてくれた。残骸を奥の係員に渡して鑑定を頼む彼女の名はロズ・ファルナス。切れ長でエメラルドグリーンの瞳と、ピシッとしたスーツを着こなす、いかにもできる女性といった風貌の人だ。
なぜかクエストの受注や達成報告をする際、彼女に当たることが多く、まだ会って一週間だというのに、お互いに名前を覚えるまでになっていた。
「お待たせいたしました、確認が取れましたので報酬をお支払いします」
少しして鑑定が終わると、彼女はにっこりと微笑みながら報酬の一万Gをカウンターの上に置いてくれた。
それを受け取り、腰に装備した鞄へと格納すると、感心したように彼女が語りかけてきた。
「それにしても、本当にゴーレムを討伐してしまうとは驚きました。今度からは、もっと難易度の高い依頼をご用意しないといけませんね」
実はプレイヤーでゴーレムを討伐できるレベルの者は、まだあまりいない。
俺は少しだけ照れながら彼女の賞賛に応えた。
「ありがとうございます。でも、難易度はこのままでお願いします。ゴーレムを倒すのだけで、今はやっとですよ」
「ふふふ、そうですか? 前にご一緒でした綺麗な方がいれば、ゴーレムくらいすぐ倒せるんじゃないですか?」
綺麗な方というのは、言うまでもなくリズレッドのことだ。ギルドは登録する際にレベルの鑑定が義務付けられており、それによって受注できるクエストも決まってくる。
「いや……リズレッドは俺の先生みたいなもので、ほとんど戦闘には出ないですよ。危なくなったらフォローはしてくれますけど」
「……お二人は、信頼なさっているんですね」
「もちろん」
人間、七日間もあれば馴染みの場所の一つや二つはできるもので、そこに居る人とも自然と顔見知りになる。
ギルドはいつ来ても数十人の職員がせわしなく部屋を行き来しているが、不思議と彼女とは打ち解けた雰囲気で話すことができた。
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