07

 彼女は楽しそうに話を聞いてくれるので、思わず喋り過ぎてしまう。自制の意味を込めて空咳をひとつしたあと、明日に再び来ることを告げた。


 最近は俺がログアウト中にリズレッドが街の文献を漁り、ログインしたらレベル上げに勤しむという毎日を過ごしていたが、今日明日は一日中オフの日で、思う存分に腕前を上げることができるのだ。


「かしこまりました、明日またお待ちしておりますね。リズレッド様にも、よろしくお伝えください」


 そう言ってロズはぺこりと頭を下げた。

 俺もそれに倣って頭を下げてその場を立ち去る。だがギルドを出る前に、一度クエストの下調べをしようと思い、方向を変えて広間へ足を向けた。

 いまは完全に飲み屋のような状態になっているここは、昼間はターゲットのモンスターをどう討伐するかを話し合う冒険者で溢れる、ギルドの本核とも言える場所だ。

 発生したクエストは、基本すべてこの広間の壁に貼り付けられる。早朝に新たな依頼書が更新されるので、もう禄なものは残っていないだろうが、何事も例外はあるものだ。


 壁一面に貼られた羊皮紙の群に目を配らせていると、周りからひそひそ声が聞こえてきた。


『おい、あれ……』

『ああ、噂の『ザ・ワン』だ』


 バーで飲み交わしていた他のプレイヤーたちが、口々に俺を見てはそんな言葉を呟いていた。

 この街に到達しているプレイヤーは多くないが、それでも《ブロック岩》を千個提出するという、根気さえあれば誰でも達成できるクエストのため、日に日にその数は増えていた。


『ザ・ワン』とはこの世界で初めてバディの契約を交わした者に送られる称号だ。あのクリア条件発表の日、リズレッドと指輪を交換したあとにメッセージで通知がきたのだ。

 あとから知ったが、この通知は他の召喚者にも全体チャットで共有されていたようで、翌日にはSNS上で俺の名前は誰もが知るところとなっていた。


 発表とほぼ同時に契約を交わした俺は、プレイヤーの中で一時期話題となり、だいぶ茶化された。

 こういう発表を大々的に行ってしまうのはバルロンのお国柄なのかもしれないが、日本人の俺にはどうも気恥ずかしく、萎縮した日々を送ってしまったのを覚えている。


「……やっぱり、あまり良いクエストは残ってないなあ」


 昔を懐かしみながら品定めをしていたのだが、やはりこれと言って目を引く物はなく、どうやら明日もゴーレム狩りの日になりそうである。


 ゴーレムはレベル上げには打って付けの相手だが、ドロップするアイテムが少なく、しかも高値で売れるものが何も出ないという、かなり渋いモンスターだ。

 当然、そんな奴を好き好んで狩りたいという者は少なく、いつ見ても討伐クエストが売れ残っている。他のゲームでは一定の人気を誇るゴーレムだが、ALAでの彼の役回りはかなり寂しいものだった。


 そろそろリズレッドたちも宿屋に戻った頃だろうと思い、踵を返して玄関に向かった。だがその途中で、一人の冒険者が俺に声をかけてきた。


「よっ、ラビ。元気か?」


 気安い青年の声だった。目をやると、金髪のツンツン頭をした男が俺に手を振っていた。

 俺はそれを見て、思わず声を荒げる。


「クラウド、来てたのか!」

「ああ、今日やっと通行証をゲットしてな。こうして祝賀会って訳だ」

「そうだったのか……チャットを送ってくれれば良かったのに」

「フフフ、驚かせてやろうと思ってな? というか聞いたぜ、さっきの話」

「さっきの話?」

「あの社長秘書みたいなキレイな受付嬢と話してた内容さ。ゴーレムを倒したって本当かよ?」

「ああ、その話か。まあな、だいぶ死にかけたけど」

「っはー! やっぱゴールドランクは違うなあ! じゃあリズレッドちゃんもここにいるのか?」

「いや、今は別行動中だ。ドロップアイテムを売りに中央街に行ってもらってるところ。そっちは?」

「メアリーのことか? だったら宿屋さ。あいつは酒が飲めないからなー」

「なに言ってんだ。俺たちだってゲームの世界だから飲めてるんだろうが。しかも、実質アルコールゼロのエールをさ」

「うるせえ! こういうのは気分が大事なんだよ! というわけでお姉さーん! レッドエール一つ追加! こっちは白髪の奴に!」

「いいのか? 悪いな」

「気にすんなって! どーせ一人で飲んでて退屈してたところだ!」


 そう言ってクラウドはからからと笑った。

 彼はこの世界で知り合った、俺の数少ないプレイヤー友達の一人だ。

 レトロゲームが好きらしく、なにかのイベントの際にたまたま話が弾み、こうしてギルドで会うたび、どちらかが奢るのがお決まりになっている。


 名前や容姿も、昔のとあるゲームのキャラクターにできるだけ近づけてキャラメイクしたらしいが、クールな見た目に反して景気の良い性格で、そのギャップが持ち味となっていた。


 俺はギルドの職員が持ってきてくれたレッドエールを受け取ると、カチンとクラウドとグラスを合わせて、一気にそれを仰いだ。周りのネイティブからはさぞかし酒豪に思われるかもしれないが、すみません、プレイヤーはアルコールまで再現されないので、実質子供ビールです。


 俺は酒を片手に、今日のさんざんな戦いを彼に語った。それはゴールドランクという、俺からすれば重荷でしかない肩書きへの愚痴も含んだ。

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