15
「……っ……はは、騎士ともあろうものが情けない。ラビには泣かされっぱなしだな……」
そう言って必死に涙を拭うリズレッドを、ミーナが優しく抱き包んだ。
「ご無礼お許しくださいリズレッド様。ですが申し上げます。騎士様だからと言って、気丈に振る舞い続けることはありません。泣きたいときは誰にだってあります。そして今、貴女様の前には、それを受け止めてくれる方がいるではありませんか」
「ミーナ殿……」
妹の面倒を見る生活がそうさせたのか、ミーナはこういう場面で、不思議な母性を発揮する女性だった。先ほどまで騎士であるリズレッドに萎縮していたかと思えば、傷心を察してすぐさま手を差し伸べるような暖かさがあった。俺にも二歳の離れた妹がいるが、どちらかというと自分が妹に世話をされていたようなもので、料理や洗濯などを任せっきりにしている始末だった。今度実家に戻ったら、何かお詫びをしなくてはいけないなと思いながら、リズレッドの気持ちが落ちつくのを待った。
「……すまない、少し感情的になってしまった」
気を取りなおしたリズレッドは、少し恥ずかしがるように空咳をしながら言った。それに対して、「リズレッドも女の子なんだな」というと、「……それは、どう受け取れば良いのだ」と難しそうな顔と、心外な顔の両方をされてしまった。
俺は彼女を立派な人物だと思いすぎていたのかもしれない。エルフは長寿だと言うが、それでも見た目と精神年齢はほぼ一致しているように思う。リズレッドは俺と同じ年か、少し上くらいに見えたし、実際、この涙を見るとそれは合っているのだろう。十八歳の人間が自分の生まれ育った場所を奪われ、知り合いを殺される絶望とはどれ程だろう。平和な日本で育った俺にその想像がつかない。だが彼女はその絶望に耐え、さらに騎士であろうと、ずっと心を砕いていたのだ。
「いや、思ったことを口にしただけだよ」
「むう、なにか馬鹿にされているような気がする……」
「そんなことないって」
そう言って笑ったあと、俺たちはお茶菓子をいただきながら、他愛ない談義をした。
三十分ほど話し込んだあと、ミーナがふいに顔を曇らせながら、聞いてきた。
「エルローに向かわれるとのことですが、このまますぐに出発されるのですか?」
「うーん、それが一番理想なんだけど、この前の戦いで武器がなくなっちゃったからなぁ。まずは剣を調達したい」
そう言いながら、俺はサービス初日に見た武器屋の値札を思い出して顔をしかめる。いまの所持金は八万少々あるが、それに対して十万Gを優に超える武器しか取り揃えていないこの都市では、買い換えるのは難しいだろう。アモンデルトからポップしたアイテムを売れば高値にはなりそうだが、どういったアイテムなのかを現時点で把握していないので、不用意に売ることはしたくなかった。
事情を説明すると、ミーナは少しだけ考えたあと、あまりおすすめはしませんが、という言葉を付け足して、一つの方法を提示してくれた。
「西シューノなら、ひょっとしたら安い武器が手に入るかもしれません」
「西シューノ?」
「はい、シューノは大きく分けて東シューノと西シューノに分かれているんです。東はいま私たちがいる商業区域で、西はどこからか流れ着いた気性の荒い方たちのコミュニティになっています」
「へえ、この都市にそんな所があるのか。そこに行けば安く武器が手に入るのか?」
「東よりはおそらく……。ただ話術の上手い人に当たってしまうと、粗悪な品を割高で売られてしまう場合もありますし、そもそも身の保証さえ約束できないような場所です。リーナにも西側には絶対に近寄らないように、強く言い聞かせているんです」
詳しく話を聞くと、シューノは貿易が盛んな港街のため、国外から数多くの人が入ってくるらしい。普通はきちんと入国管理されているのだが、悪意のある者はそれをすり抜けて都市へ紛れ込む。大半はどこかの国で罪を犯した犯罪人であり、そういう奴らが一大勢力となってコミュニティを作り、スラム街を形成してしまったのが西シューノとのことだった。裏の市場を取り仕切っている組織もあるらしく、守衛団も簡単には立ち入れないという厄介な地域らしい。
「平和そうに見えるこの都市にも、そういう一面はあるんだなぁ」
「はい……私が子供の頃はもう少し大人しかったのですが、法外なアイテムのやりとりを行うブラックマーケットを、西シューノの大クラン『夜鷹の爪』が仕切るようになってからは、本当に手が付けられなくなってしまいまして……」
そのとき、ピ、と電子音が鳴り、目の前にメッセージが表示された。
《クエスト:『ミーナの思い』が発生しました》
内容:
在りし日の故郷を懐かしむミーナ。
なんとか願いを叶えられないだろうか……?
達成条件:
ブラックマーケットの壊滅
……うわ、なんか変なクエストが発生した。
ALAはネイティブとの会話によって自動でクエストが生成されるらしい。それはそれで面白いのだが、その弊害として今回のような、現在のレベルに見合わない依頼が発生することもあるようだ。
俺はそのメッセージを見なかったことにしてウィンドウを閉じる。いくらなんでもLv14の段階で受けていい物ではなさそうだし、裏稼業は裏稼業でその都市の一役を買っている場合もあるので、不用意に壊滅なんてさせたら、シューノ全体にどんな影響があるのかわからないと思ったからだ。
だが西シューノへ行くしか武器が手に入らないのはその通りで、なるべく危険な場所へは踏み込まないようにしようと心に誓った。
「よし、それじゃあ西シューノに行ってみるかな」
「私も同行しよう、ラビはこの世界にまだ疎い。付き添いがあった方が楽だろう?」
「リズレッド……でもいいのか? 俺はなにかあっても召喚者だから大丈夫だけど、君は……」
「見くびるな、これでも騎士団の副団長を務めた腕前だ。おいそれと遅れはとらないさ」
「そうか……わかった。それじゃあ頼むよ。実は武器を買うことなんて初めてで、どう選べばいいかわからなかったんだ」
「だろう? ふふん、ラビには私が必要なのだ」
なんだろう、なにかとても自慢気だ。仕舞いには腰に手をあてて胸まで張られてしまった、俺はそんなに頼りなく思われてるのだろうかと不安になるが、リズレッドから見たらLv14の俺なんて、正真正銘のヒヨッコだから仕方ないのかもしれない。
「あ、リズレッド様」
「……ん?」
「その、このお召し物をどうぞ」
家を発とうとした俺たちをミーナが呼び止めると、フード付きのマントを手渡してくれた。
「リズレッド様は人間がお嫌いだと耳にしました。どうぞこちらを羽織りください」
「ミーナ殿……ありがとう、ありがたく使わせてもらうよ。あと、私のことは呼び捨てで良い。世話になったしな」
貰ったマントを羽織ると、今度こそ俺たちはミーナ達の家をあとにした。姉妹は俺がマズローに旅立ったときと同じように手を振ってくれた。
それを見てリズレッドは「人間にも、良い奴はいるのだな」と、ぽつりと呟いた。
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