14
俺はその話を切り上げ、リーナの前で膝をつき、礼を言った。
「リーナちゃん、ありがとう。リーナちゃんがくれたこの花のおかげで、なんとか無事にシューノに戻ることができたよ」
そう言って懐からアスタの花を取り出した。思えば本当にこの花には不思議な力があって、一昨日の出発から今まで、ずっと俺を守ってくれていたように思える。そんな霊験あらたかな花をずっと借りているわけにはいかない。そっとリーナにそれを返そうとすると、彼女はかぶりを振って応えた。
「ううん、それはお兄ちゃんにあげる!」
「え……でも、いいの?」
「うん! その変わり、これからも怪我しないでね。あと……時々遊びにきてくれる?」
「リーナちゃん……ああ、もちろんだ!」
「やったーっ!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現するリーナ。それを見て思わず破顔した。この世界に来て初めて会ったネイティブが彼女で良かったと、心の底から思った。ミーナはそんな俺たちを微笑ましく眺めながら、お茶の用意をしてくれた。テーブルにカップを三つと、子供用のマグカップを一つ置くと、俺に向かって再び頭を下げた。
「ラビさん、この度は私たち姉妹を救っていただき、本当にありがとうございます」
「っ!?」
出された紅茶を、思わず吹き出してしまうところだった。何故お礼を言われているのか本当にわからなかった。俺はプレイヤーの凶行を諌めただけだ。身内の不始末をつけただけにすぎないし、何ならこんなことを起こしたプレイヤーの一人として、蔑まれても仕方ない立場だった。
「や、やめて下さいリーナさん、俺に頭を下げる必要なんてないんです!」
「そんな事はありません、ラビさんは襲われていた妹を救ってくれて、それだけでなく、シューノの治安まで実質的に守ってくれました」
「それは……でも、俺はそんな……」
困惑する俺を見て、優雅にお茶を飲んでいたリズレッドがくすりと笑った。
「彼女の礼を受け取ってやれラビ。助けられた者の気持ちをきちんと受け取るのも、助けた者の義務だ」
「そ、そういうものか?」
「そういうものだ」
さすが大国の騎士団で第二位に就いていただけあり、彼女は人を助けるための心構えを熟知しているようだった。それに習い、こちらもミーナに頭を下げて礼を受けると、ほっとしたように笑ってくれた。
なるほど、礼を拒否されるよりも、きちんと受けてもらったほうが気も楽になるのか。俺はそんな当たり前のことに今更気づきながら、召喚者による都市の被害を詳しく聞いた。だが予想以上に彼らは紳士な振る舞いをしてくれたらしく、通行人との接触トラブルや、果物屋での窃盗など、小さな事件を何件か起こしたのみで、レオナス達のような蛮行に及んだ者はいなかったという。それを聞き、今度は俺の方がほっと安心する。どうやらネイティブと召喚者の対立という最悪のルートだけは、なんとか防げたようだ。
そのままお茶とお茶菓子をもらいながら、ゆっくりとした時間が流れた。丁度良いタイミングだと思い、リズレッドに心の内と、今後の方針を訊いた。
「なあ、リズレッドはこれからどうするんだ?」
「……そうだな、私はやはり、自分の生まれ育った故郷をこのまま捨てるわけにはいかない。アモンデルトの話が正しいなら、今頃エルダー神国はゾンビになった国民が大勢彷徨っているだろう。彼らを死してなお苦しめたくないんだ」
「……仲間だった奴らを、斬るのか?」
「……仕方ないさ、ラビたちの世界にゾンビが存在するかはわからないが、あれは……生き物だった者を徹底的に侮辱する、最低な黒魔術の産物だ。ただの鳴き声と化した呻きを一日中発しながら、ぐずぐずと崩れていく体を引きずり、腐臭を漂わせながら、どこへ行くでもなく延々と彷徨う」
「……俺たちの世界にゾンビはいないけど、どんな奴かは知ってる。こっちの伝承ではゾンビに噛まれた奴もゾンビになるんだけど、その認識は合ってるか?」
「ああ、それで間違いない。だからゾンビが発生した地域は、徹底的に焼き払われるか、聖職者が大祈願を捧げる」
「大祈願?」
「祈りを超えた、女神アスタリアに全てを捧げた者が使うことを許されるスキルだ。殆どの者が神との対話を成そうとすると、下級職の《僧侶》が神託される。その中からさらに極少数の人間が神託される上級職が《神官》だ。私の父がそうだった」
「……リズレッドの父さんも、エルダーにまだ……」
「……」
リズレッドはその言葉を聞くと、ゆっくりと俯き、唇を噛みながら、悔しさの滲んだ顔で頷いた。
神に関わる職業で、さらに上級職を神託されていたのだから、自慢の父だったのだろう。彼女は顔を下にしながら、少し震えた声で話を続けた。
「私の友人に、とても歌の上手い子がいた。将来は吟遊詩人になりたいと語っていてな、私の数少ない騎士仲間以外の友達で、綺麗な声の持ち主だった。……その子が、今もあの国でゾンビとなって、綺麗だった声で呻きを上げながら歩き続けていると思うと、いたたまれない。聖職者だった父だってそうだ。ゾンビとなった自分なんて、これ以上は見たくないだろう。だから私が斬るんだ。せめて私の手で、あの世に送ってやりたい」
「リズレッド……」
俺は今にも泣き出しそうな彼女を見て、思わず頭を撫でた。
「ラビ?」
「俺も手伝うよ。いや、手伝わせてくれ」
「……気持ちの良いものではないぞ、なにせ元エルフだ。斬ったときの感触は、一生手に残るかもしれない」
「わかってる。だけどそんなことはリズレッドだって同じだろ? リズレッドの思いをのせて俺が剣を振るえば、それはリズレッドが斬ったことと同じだ。一人で仲間だった奴らを全員斬るなんて辛すぎる。俺も力になるよ」
「……っ……」
その言葉を聞き、堰を切ったように瞳から大粒の涙が溢れた。
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