13
◇
ポッドに入り、次に目を開けたとき、そこは一昨日ログアウトしたシューノの、人気のない海岸通りだった。当たり前だがリズレッドの姿はなく、まずは彼女を探すところから始めなくてはいけなかった。プレイヤー同士なら離れていてもメッセージ交換ができるのだが、ネイティブも同じようなことができるのかはわからなかった。思えば、彼女がステータスを表示させているところも見たことがない。彼女と今後、行動を共にする機会が増えるなら、プレイヤーとネイティブの仕様の違いを把握する方が良いかもしれない。
「よ、兄ちゃん俺とパーティ組まないか? マズローで今日も一稼ぎしようぜ!」
「あんた職業はなんだ? 見たところ剣術士でも闘士でもないみたいだが……」
都市の通りはサービス初日とはずいぶん様相を変えていた。プレイヤーは活気に溢れ、様々な場所で今後のレベル上げの計画を練る一団が散見される。俺もただ通っただけで何人にもスカウトされる有様で、それに適当な相槌を打って進んだ。どんなクリア条件が提示されるかわからない今、彼らの目的は全てレベル上げに集中していた。そうすれば難易度の高いエリアにも行けるし、強敵にも立ち向かうことができるので、現状できる一番の事前策なのだろう。俺は先の一戦でレベルはそこそこ上がっている。なので今日は初日にできなかった都市観光を楽しみたかった。シューノの構造を把握するのも、立派な攻略の一つだろう。
そして俺はあてもなくシューノを散策した。こんなに広い都市で一人のエルフを見つけるなんてかなり無茶なことのように思えたが、「ここで待ってる」と言ってくれた以上、見つからなくても、あの海岸通りをぶらついていれば、あまり時間がかからずに会うことはできるだろう。
そんな風に、楽観しながらぶらぶらと歩いていると、大きな道路がぶつかる十字路に出た。真ん中には立派な白石の噴水が設置されており、いかにも観光名所といった所だ。そしてそこに、一際大きな人だかりができていることに気付く。
「ねえねえ、これからどっか行かない? 俺たちこの世界にきたばっかでさ、色々と教えて欲しいんだよ」
「そうそう、お金は全部俺が出すからさ、いいでしょ、ね?」
「は? 俺が先に声かけたんだぞ、お前は引っ込んでろよ」
「は? 俺はここでずっと彼女が来るのを待ってたんだよ、お前こそ引っ込んでろ」
なるほど、熱気の正体はこれか。どうやらプレイやーがネイティブの女の子を囲ってナンパをしているようだった。今朝、ボードで確認した掲示板の話題を思い出して、思わず苦笑する。プレイヤーがこの世界の住人と積極的に交流を持とうとしてくれるのは嬉しいが、これはこれで何か問題が起きそうな気もする。
俺はなるべく巻き込まれないように遠巻きに通り過ぎようとしたとき、聞き覚えのある声が、一団の中心から聞こえた。
「失せろ」
その声に反応し、つい反射的に取り巻きをかき分け、彼らのナンパ対象を確認してしまう。そこには冷淡に男たちを見据えて一蹴するリズレッドがいた。
「リズレッド!」
「! ラビ!」
一団の中から俺を見つけると、パッと顔を明るしくてこちらに駆け寄ってきた。俺はその姿に一瞬見とれる。人間の中にエルフが混じると、その美しさが一層際立った。まるで一般人の中にアイドルが立つように、如実に周囲との違いを感じるのだ。断っておくが、他のプレイヤーのレベルだって、そう低いわけじゃない(全員男ではあるが)。ゲームスタート時にキャラメイクで容姿や体型は自由に設定できるようになっており、誰だって理想の自分をそこに投影してこの地に降り立つのだ。なのでこれは単純に、リズレッドが度を超えた容貌を持っているからに他ならない。エルフの国エルダーか……行ってみたかったなぁ。
「ごめん、一日も待たせちゃって」
「大丈夫だ、私も昨日は傷を癒すために、近くの宿屋で休んだからな」
「そうだったのか……もう体は平気なのか?」
「ああ、教会で回復魔法もかけてもらった。またいつでも戦いに出られる」
拳を強く握り、全快したことをアピールしてくる。そこでふと疑問が浮かぶ。彼女はこれからどうするつもりなのだろうか? エルダーは支配者のアモンデルトが不在となり、主人不在の落城と化しているはずだ。祖国を復興するために再びエルダーに戻るのか、それとも違う目的があるのか。だがひとまず、それはこの取り巻きたちの中で話せる内容ではなかった。まずはミーナ達に無事を報告したかったので、俺はリズレッドの手を握ると、その場を離れるように促した。彼女もそれに従い、ついてきてくれた。
……余談だが、噴水が見えなくなるまで、取り残された男たちが恨みのこもった瞳で、ずっと俺を睨んでいたのがとても怖かった。
「リズレッド様!?」
家に着き、開口一番に発せられたのは、ミーナの驚きの声だった。深々と頭を下げ、かしこまった態度でリズレッドを迎え入れる。リーナはリーナで、まるでヒーローが目の前に現れたような羨望の眼差しで彼女を見つめていた。
「リズレッドって、そんなに凄い人だったのか……」
「ラ、ラビさん!? 敬称を使わなくては!」
「ああ、いいんだミーナ殿。私はラビに助けられた身だし、もうお互い名指しで呼び合うような仲でもある」
慌てるミーナに、リズレッドが少しふふん顔で説明する。そういえばいつの間にか敬語を使うのを忘れていた。アモンデルトとの無茶苦茶な一戦を終えたあと、うっかり素で話していたのが定着してしまったようだ。だが確かに、大国の騎士団副団長に向かって一介の召喚者が、普通にタメ口で接するというのは、彼女の権威を落とすことに繋がるかもしれない。
「……敬語に戻そうか?」
「な、何を言っているのだ!? そのままで良い、そのままでっ!!」
何故かとても慌てた様子で提案は却下されてしまった。リズレッド本人がそう言うのなら、多分このままで良いのだろう。
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