12

「ようこそギルドへ、すぐに冒険へ出発されますか?」


 目的地へ到着した俺を、受付のお姉さんが元気に迎えてくれた。昨日も気になったのだが、服装が少し胸を強調したデザインになっており、まだ未成年の俺には刺激が強い。ここら辺も、このゲームの開発者――バルロン・アーシュマの趣味なのだろうか? 日本のコミックやアニメが好きだと言っていたが、昨今のアニメは規制が厳しいのでこういう服装の女性はあまり見ない。おそらく十年代のオタクカルチャーから影響を受けたのだろう。今から三十年以上前の日本は、まだ表現に対する自由度が高く、割とやりたい放題だったらしい。俺の親父はもろにその直撃世代なので、子供の頃によく若い頃に買い集めたブルーレイディスクという媒体で、当時のアニメを見せてもらったものだ。


「いえ、少しラウンジを周ってからにします」

「かしこまりました、どうぞごゆっくり」


 ひょっとしたらまた徹夜プレイになるかもしれないので、何か腹に入れておこうと思い、すぐにポッドに入るのは止めた。もともと高校の頃から夕食以外はあまり食べない食生活を送っていたので、直前になにか食べれば、十二時間はプレイ中に警告文を出さずに済むだろう。

 ギルドはポッドの他にも飲食店や軽い食事が取れる喫茶店などが併設されており、中には中世風の装いを再現した、かなり力の入れた店まである。適当に歩いて周り、『終末亭(ラグナロク)』というパスタ屋に入ることにした。(なんつー名前だ)

 だが自動ドアをくぐろうとしたとき、向こう側から歩いてくる人影が、見知った人物であることに気づいて足を止めた。


「あれ、宝条?」

「稲葉くん?」


 宝条麻奈、明るめのバイオレットカラーで染め上げたショートボブと、レッドの太縁眼鏡が目を引く、大学で時々同じ授業を受ける人だ。少し幼い顔立ちと、屈託無く誰とでも接する性格で、男子からは中々人気が高いらしい。改めて見てみると、リズレッドよりもよほどアニメキャラのような様相をしているから面白い。


「宝条もALAやってたんだ、なんか以外だな」

「そう? 私結構ゲーマーなんだよ、兄貴の影響で格闘ゲームが好きでさ」


 そう言って笑う宝条。格闘ゲームか、俺はRPGオンリーだったから、あまり話は合わないかもなぁ。


「稲葉くんもここでご飯? ……あ、ひょっとして完徹プレイする気ッスか?」

「違うよ。いや、違わないかもしれないけど……そういう宝条も今から?」

「うん、ここ名前が面白いから、ずっと気になってたんだよね。稲葉くんも一緒に食べようよ」

「あ、ああ」


 そう言って二人で店に入る。すごいな、自然にお誘いされてしまった。これがコミュ力が高い女の子の力か。テーブルに通されるさなか、宝条は前に目線を向けたまま、ぽつりと呟いた。


「麻奈でいいよ。嫌いなんだ、苗字で呼ばれるの」

「ん? ああ、わかった。じゃあ俺のことも翔でいいよ」


 その後は窓側の席で俺はミートパスタを、麻奈はジェノベーゼを頼んで、ALAの話で盛り上がった。


「クリア条件ってさ、いつ発表になるんだっけ?」

「サービス開始から一週間後だから、来週の金曜だな。なるべく公平をきすためにプレイヤーが出揃ってから発表するって言ってたけど、初日組があんな事件に巻き込まれたんだから、お詫びにもう教えてくれても良いようなもんだけど」

「てっきり魔王を倒すのがクリア条件なのかと思ってたんだけど、違うのかな? RPGってそういう物でしょ?」

「うーん、俺に聞かれてもなぁ。魔王討伐とは全然違う目的があるかもしれないし、それを含めた複合条件かもしれない。一つ言えるのは、あの世界で目的を達成するのは、だいぶ難しそうだってことくらいだな」

「どうして?」

「世界が大きすぎる。広さ的にも、文化的にも。麻奈もシューノを歩いてわかったろ? あの世界の広さは、今まで発売されたRPGとは桁違いだ。昔からオープンワールドって概念はあるけど、それでも入れない民家や特定の場所はあるんだ。そこまで作り込む時間も資金もないからさ。でもALAにそういう場所は、多分ない。民家は無理やり扉をこじ開ければおそらくどこへでも入れるし、他の場所だって行けないところはないんじゃないかな」

「文化的にっていうのは?」

「……昨日俺は、ネイティブの女の子と友達になったんだ。その子は召喚者が現れるのを、ずっと楽しみにしてたらしい。過去があるんだよネイティブには。俺たちにとっては一昨日始まったばかりの世界(サービス)だけど、その子たちにとっては何千年、何万年も前から在り続ける世界なんだ。だからもしクリア条件に、何々時代のあの戦争で使われた歴史的価値のあるアイテムを持ってこい、なんてものが提示されたら、俺たちはまずALAの歴史から勉強する必要が出てくる」

「歴史かー、文系だから嫌いじゃないけど、それだといくらでも難しい条件にできちゃうじゃん」

「そうなんだよ。でもまあ、そんなことをしたら各国のプレイヤーからバッシングを受けるだろうし、流石にしないと思う。一億ドルに目が眩んだ連中が、それでなくてももう大勢いるからな」

「ふーん」


 話がひと段落し、お互いウェイトレスが運んできてくれたパスタを黙々と食べた。店の名前の割に味はしっかりしていて、雰囲気も良いのでお気に入りになりそうだった。こういう店がシューノにもあればリズレッドを連れていけるんだけどなぁ。そう思って顔を上げると、麻奈と目が合った。


「……あ」

「ん? どうしたの?」

「なあ、ひょっとしてシューノで雰囲気の良い料理屋とか知ってたりしないか?」

「雰囲気の良い料理屋? うーん、まあ知ってるよ、初日はあそこに缶詰だったからね、ショップ巡りくらいしかすることなかったし」

「良かった! 教えてくれ、頼む!」


 手を合わせて頼み込むと、一拍、間を置いたあと、


「…………へえ」


 麻奈が少し悪技っぽく笑った。


「な、なんだよ?」

「別にー、ふふ、それじゃあ私が特別に教えてあげるよ、オンナのコが好きそうなところ」

「言い方よ……」

 

 何か辺な誤解をされてしまったが、無事場所を聞き出せた俺は、麻奈が食べ終わるのを待って一緒に店を出ると、そのままポッドへ向かった。麻奈はもう少しだけギルドをぶらついてからログインするとのことで、そこで別れた。早くリズレッドに会いたい。そんな思いが、ポッドに向かう俺を足早にさせた。

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