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第二章 腐敗した故郷
ブラインドから漏れる朝陽で目を覚ました俺は、まだ慣れない新居を見回して、ここが現実世界だということを遅れて思い出した。この春に慣れ親しんだ実家から東京へ越してきた俺には、この1DKの部屋もALA(アーク・ライブ・アブソリューション)の世界も、大差ない異世界のようなものだった。眠りすぎて固まった体を無理やりベッドから起こし、壁のブラインドを上げながら昨日の出来事を思い出す。
ログアウトをしてポッドから出たあと、ギルドに併設されているカフェで朝食を摂って家に戻ると、意識が断線するように眠りこけてしまったのだ。ゲームによる体への直接ダメージなんてSFなものでは勿論なく。単に極度の緊張と、徹夜明けのダブルコンボで疲れ切っていたのだ。だが丸一日寝ていたという事実は、流石に自分の体力のなさを否が応でも再確認させられて、少し情けなくなる。
今日は日曜だが悲しいことに予定はなにもない。丁度良いと思い、ボード(二○四五年のスマホの役目を果たす機器)でALAの情報を探ると、そこには早速昨日教えた狩場でレベルを上げたプレイヤーの感想が書き込まれていた。
『やっと普通にレベル上げができる。マジで初日は三千円吸われただけで終わったからな』
『一日目で辞めた奴も相当いるらしいぞ、積みゲーとか金だけむしり取っていく集金装置だって言ってな』
『気持ちはわかる』
『勝手に辞めさせとけよ。1億ドルのライバルが減るのはありがたい』
『それそれ』
『俺はこのマゾゲーさがだんだん癖になってきた。初日でもう三万は課金した』
『養分さんチーッス』
やはり他のプレイヤーも、初日の強制縛りプレイには痺れを切らせていたようだ。”シューノ監獄”という俗称が、掲示板の中で共通のキーワードのように定着してしまっているほどだ。
だがそれを見て、逆にほっと胸をひと撫でする。もう少し情報を流すのが遅れれば、この鬱憤がそのままネイティブに向かっていただろうからだ。
このゲームは一億ドルという賞金に惹かれて、今までゲームをプレイしていなかった一般人もかなりの数が流れ込んで来ている。偏見かもしれないが、一般人のほうがネイティブのことを”モノ”と認識している傾向が強いように感じる。昔からのゲームファンは、何だかんだと言いながらシューノの住人と親交を持とうとしているようで、掲示板では『あの六番街の子が可愛かった』とか『やる事もないから女神様から貰った初期資金を全部、道具屋の子に貢いだ笑』など、精力的(?)な書き込みが多く見られた。
だがそれとは対照的に、攻略に関する情報は意図的と思えるくらいに何もなかった。まあ、昨日ようやく初の狩場が解放されたようなものなのだから当たり前なのだが、それでも割の良いクエストを発注してくれるネイティブとか、他の店より安く品物を提供してくれる穴場とか、そう言った情報くらいはあっても良さそうなものだ。なんと言ってもシューノは広い。女神様が俺たちプレイヤーを全員あの都市に送ったのも、単に世界二位という実力だけでなく、それだけのキャパシティを有した都市が、シューノしかなかったからかもしれない。
『あまり有力な情報をネットに書き込むなよ』
画面をスクロールしていると、不意に目に留まる発言があった。
『なんで?』
思わずそう返信すると、続々と応えが返ってきた。
『クリア条件がまだ提示されていない今、少しでもそれに繋がりそうな情報は隠すべきだろ』
『普通のゲームを攻略するのとは話が違う。なんたって賞金一億ドルだぞ』
『有益な話は個人か、信じられる仲間内でだけ共有する。これ常識』
『あ、でも俺、昨日ポーションを300Gで売ってる店を見つけて、どうしても教えて欲しいって奴がいたから、ギルドに戻ったあとRMTで教えてやったわ』
『同じギルドだったのかよ。というか、よくリアルで交流持とうと思ったな』
『いや、結構いるぞ。掴んだ情報やアイテムをギルドで現金で売り買いしてる奴』
『ネットで書き込みたくないけど、情報交換だけしたい奴も、ギルドのカフェスペースを使ってやりとりしてるみたいだな』
なるほど、確かにその通りだと納得する。レオナス達のような極端なガチ勢じゃなくても、誰だって一億ドルという金は欲しい。少しでも自分に可能性を残すためにも、有利な情報は、第三者の目に留まるネットでは控えるべきなのか。
そしてギルド内で頻繁にRMTが行われていることを知れたのも、収穫の一つだ。リアルマネートレードは、ALAでは禁止されていない。ワンプレイ三千円という少なくない料金を、ゲーム内で手に入れたアイテムなどで少しでも補填しているようだ。中には
そんな中、新たな発言が掲示板に大挙として流れ込んできた。
『東側の外界門近くの道沿いに、すっげー美人いた!!』
『俺も見た! 騎士みたいな格好した金髪の子だろ? 速攻声かけたわ』
『マジ? どうだった?』
『失せろって言われた笑』
『笑笑笑』
『ふざけんなご褒美じゃねーか! 俺も行く!』
……みんな、あの世界の人に友好的(?)で嬉しい限りである。情報収拾はほどほどに切り上げて、そのまま身支度を整えて外出の準備をした。向かう先は無論ギルドである。「待ってる」と言ってくれたリズレッドの顔が脳裏に浮かび、胸が沸き立つような思いがした。だが丸一日も待たせてしまったのは流石に失礼だと思い、なにかお詫びの品でも買っていくべきだろうかと思案したが、よくよく考えると俺はシューノの都市をろくに散策していないことに気付いた。おしゃれなショップとか、絶景の観光スポットとか、なにか見つかればいいのだが……。首を捻って考えるが、掲示板でもそれらしい書き込みはなかったし、どうしたものかと悩みながら俺は玄関の戸をくぐって外に出た。
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