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 少しだけそのまま休んだあと、俺はステータスウィンドウを表示させ、自分が放ったスキルの詳細を確認した。Lv1の俺が、リズレッドのような熟練の騎士をあしらったアモンデルトを、なぜ一撃で倒せたのかが全くわからなかったからだ。一枚目のウィンドウには、ラビ・ホワイトの名前の下に《断罪セシ者》と表示されていた。これが女神様が言っていた神託により授かった俺の職業なのは間違いない。だが、どういった特徴があるのかは、名前からは全く推測できない。ひとまずその疑問は置いておいて、二枚目のウィンドウを開き、《断罪セシ者》のスキルリストを確認すると、先ほど放った《罪滅ボシ》の名前が、俺の技の一覧に、確かに刻まれていた。


 《罪滅ボシ》

 発動時間:即時

 再発動時間:3時間

 射程距離:3メートル


 効果:

 対象が殺したネイティブの数だけ固定威力を倍率した物理与ダメージ。

 固定威力:最低200(MND依存)


 スキルの詳細を見て、何故俺がアモンデルトを一撃で倒せたのか納得がいった。人を殺した数の倍率物理与ダメージなんて、あいつへのメタスキルみたいなものだ。射程が三メートルと普通の剣技ほどの射程しかないので、近距離に相手がいなければ使えないのだけが難点だが、それでも壊れ性能なのは間違いない。あいつが舐めて容易に接近してくれたのが、今回は幸いした訳だ。

 情報を整理し終えるとウィンドウを閉じて、リズレッドの膝から起き上がる。正直とても名残惜しいが、早く帰らなければ取り返しのつかないことになるかもしれないのだ。リズレッドはこちらの事情を察してくれていたので、今までの経緯を声早に説明すると、自分も同行すると言って俺についてきてくれた。内心、また一人で《アルファリア草原》を引き返すのは気が重かったので、とても助かった。一人じゃないって素晴らしい。



  ◇



 リズレッドと一緒にシューノへ戻った俺は、早速マズロー大森原への安全ルートを他の召喚者に伝えた。大まかな大陸の輪郭と、各エリアの名前しか記されていない簡易的な地図の上で指を滑らせ、どの進路の草木が高く、姿を隠しやすいか。どこに大きな谷があり、身を寄せて進みやすいかを、都市で吹きだまっていた、できるだけ多くのプレイヤーに話して周った。リズレッドはというと、やはり人間は嫌いらしく、少し離れたところでその様子を見ていると告げて、いまはぼんやりと海を眺めている。何故そこまで人間を嫌うのか気になったが、昨日この世界を訪れたばかりの俺が種族間の問題に口を挟んでも、藪をつつく結果になるかもしれないと思い、素直に頷いた。


「なるほど……ここを通ればいいのか」

「この地図、売ってくれるか?」

「助かった! これでやっとゲームが遊べる!」


 焦らしに焦らされて都市で足止めをくっていた召喚者たちの顔は一様に明るく、それだけでも自分が大きなことを成せた気がして嬉しかった。だがそんな中、面白くない顔をして因縁を吹っかけてくる相手もいた。レオナスだ。


「へえ、少しばかり運良くルートを発見できただけで、すっかり英雄様気取りかよ?」


 昨日の取り巻きはいなかった。それはそうだろう。いまは夜闇が晴れ、やっと空が白ずんできたくらいの時間だった。この世界と現実世界の時間は二十四時間がぴたりとリンクしている。つまりあのいざこざから丸一日ほど経っているのだ。俺のような暇な大学生でもなければ、こんな長時間プレイはできない。というか、俺自身も先ほどからステータス画面にバッドステータスを示す赤字で《現実:空腹【強】》が告知されている。そろそろログアウトしないと強制的に切断される上に、安全法が適用されて丸一日ログインできなくなるペナルティまで付いてしまうのだ。


「約束は守った。もうこの都市のネイティブに気概を加えるなよ」

「うるせえ! 俺に指図するな! 俺は俺のやりたいようにやる!」

「……もう一度言う、あんなことはもうやめろ。ネイティブだけじゃなく、お前自身の首を締めることになるぞ」

「なに? どういうことだ?」

「俺は今回のことで、この世界の人や魔物がどれだけ現実の人間に近いか、いや、人そのものかわかった。俺たちはまだこの世界に来て一日しか経っていない。この世界のことを何も知らないんだ。だから今後、絶対にネイティブの助力が必要になる。目的が一億ドルならなおさらだ。まだクリア条件だって明かされていないのに、反感なんか買ったら積む可能性があるぞ」

「ハッ! そのときはまた新しいアバターを作ってやり直せばいいじゃねえか!」

「ギルドに登録したときに説明を受けなかったのか? プレイヤーはどんな事情があろうと一人一体しかアバターを作れない。つまり悪評が広まれば、もうこの世界で生きる術がなくなるってことだ」

「……あああああああ! うるせえうるせえうるせえッ!! ゲームの世界でまでイイ子ちゃんしてられっかよ! 死ね! どいつもこいつも死ね! 死ね! 死ね!」

「……もしまたネイティブの手を出すなら、容赦はしない」

「なんなんだよテメエはよおおおお!? 俺は強いんだよ! でも殴ったら現実じゃ捕まる! だからこの世界にきたんだ! ここでなら喧嘩もし放題だ! 力で上に立てるんだ! 俺が英雄になる世界なんだよここはぁぁぁああああ!!!!」


 大声を上げて殴りかかってくるレオナス。だがアモンデルトとの戦いでレベルが14に上がっている俺に、ダメージは全く通らなかった。乱雑に胸や顔を殴ってくる相手を見ながら、俺は自分の胸中に嫌なものが湧き上がってくるのを感じた。こいつはまだ反省していないのか。ミーナ姉妹をまた、あんな目に合わせるつもりなのか。いや、それどころかこいつは、現実世界の鬱憤を晴らすためにこのゲームを始めた節がある。魔物に怯えながら、それでも懸命に今日を生きているネイティブを、ただのサンドバッグとしか思っていないのだ。それを感じて、思わず拳に力が入り、


「……馬鹿野郎ッ!」


 そのまま力の限り腕を振り上げてしまった。「ゲヒッ」という声とともに地面に叩きつけられたレオナスは、体が赤く明滅したかと思うと、そのまま粒子となって消えていった。HPが0になったことによる強制ログアウトが発動したのだ。


「あ……」


 思わず声が漏れた。まずい、そこまでするつもりはなかったのだが、レベルが上がっていたことをすっかり忘れて、思い切り殴り抜いてしまった。


「これってPKになるのかな……」


 呆然と立ち尽くすが、このままここに居ては、再ログインしてクリスタル地点に戻ったレオナスが、また襲いかかってくる可能性がある。俺は手を合わせて「スマン」と拝むと、足早にその場をあとにした。


「なにかあったのか?」


 海岸通りで待っていたリズレッドが、きょとんとした様子で出迎えてくれた。なんでもないよ、と告げたところで、目の前に真っ赤なウィンドウが現れ、警告文が表示された。


《プレイヤーの長時間ログインによる身体機能の低下を確認しました。このメッセージが表示された一分以内にログアウトされない場合、ペナルティが加算されます》


「あ、やべ」


 召喚者に《マズロー大森原》かでのルートを伝えたらすぐにログアウトしようと思っていたのに、すっかり忘れていた。ミーナ姉妹への挨拶も、結局できず仕舞いである。俺は頭をかきながら、次にログインしたときに報告することを決め、リズレッドに元の世界へ戻ることを告げた。


「そうか、元の世界に帰るのか……。わかった、色々ありがとう、ラビ」


 そう言うと顔をうつむかせ、なにか考えこんでしまう。プレイヤーがログアウトを選択したら、無動作で十秒間のウェイトを置いたのにち切断される。残りはすでに五秒を切っていた。

 それを知ってか知らずか、決心したように顔を上げると、俺の目をじっと見ながら彼女が言葉を放った。


「待ってる! ラビがまたこの世界にくるまで私はこの都市で! だから必ずまた会おう!」


 俺はそんなリズレッドに何かむず痒いものを覚えながら、笑って「ああ」と応える。アーク・ライブ・アブソリューションのサービス初日のログインは、こうして幕を閉じたのだった。

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