16

 時刻は昼を少し回ったところで、昼食を摂るにはちょうど良い時間だった。西シューノへ向かう前に麻奈に教えてもらったケーキショップへ行こうと提案すると、リズレッドはきょとんとした顔でこちらを見た。


「あれ、俺なにか変なこと言ったか?」


 なにかおかしなことを言ってしまったのかと疑問を口にすると、リズレッドは手をぶんぶん振りながら、慌てて否定した。


「あ、いや……その、なんでもない。そんな普通の女性が行きそうな店に誘われるのは初めてでな、ははは」

「そうなのか? あまりそういう場所は好きじゃないとか?」

「ち、違うぞ! 断じて違う!」

「? そ、そうか……」

「……ごほん。それにしてもラビは一昨日この世界へ来たばかりなのだろう? よくそんな店を知っていたな」

「ああ、リズレッドを誘おうと思って調べたんだよ」

「……っ!」


 そう言うとリズレッドは、口に手を当てて視線を逸らしてしまった。店に誘ったときから動きがどうもぎこちない。ひょっとして俺と二人で食事をするのが嫌なのだろうか? 現実でこんなに気軽に女の子を誘ったことはないのに、リズレッド相手だと妙に気兼ねなく誘えてしまう。生死を共有した仲というのが、男女特有の緊張感を壊してしまったのだろうか。

 だが言ってしまった物は仕方がない。俺はそのまま足をケーキショップに向けた。道中、気まずいようなむず痒いような、おかしな空気が二人の間に流れたが、不思議と居心地は悪くなかった。


「……ラビ、頼みがあるのだが」

「ん? どうした?」


 目的地である《シャルロッテ》につくと、リズレッドが、なにか困ったような顔で言ってきた。


「その……実はこういうものをあまり食べたことがなくて、何を選べばいいのかわからないのだ。何かおすすめを選んでくれないだろうか?」

「え、ケーキ食べたことないのか?」

「あ、あるにはあるのだが……『騎士たるもの食事も修練のうちだ、肉を食え肉を』と騎士団長から厳しく言われていてな、私生活で糖分は摂らないようにしていたんだ。城の食事会で出されればもちろん口にしたのだが、こうも品揃えが豊富だと、なにを選べば良いのか……」

「ああ……」


 確かに店先のメニューボードには、”木苺と練乳のふわふわショートケーキ”を始め、やたらと洒落た名前が並んでいた。ALAは中世ベースの世界観で設定されていると思うのだが、センスが妙に現代的というか、女子高生が好みそうな感じがある。


「うーん、と言われてもリズレッドの好みとか知らないからなぁ、なにか希望はあるか?」


 口をへの字に曲げなが問うと、彼女は視線を逸らしながらぼそりと呟いた。


「……がいい」

「うん?」

「……ラビと……一緒のがいい」

「お、それなら俺はショートケーキにするよ。それでいいか?」


 リズレッドがこくりと頷いた。俺はそれを見て、とても嬉しくなった。初めて来た店では他人と同じメニューをとりあえず頼んでみる。現実の俺もよくやる戦法である。城暮らしで俗世離れしていると思っていたが、意外とそういう一般人の感覚を持っているのが知れて、親近感が湧いたのだ。

 店内に入ると木造りの椅子やテーブルが不規則に並び、白塗りの壁には時折アクセントとして茶焦げたレンガが使用された、カントリーな様相の店内が俺たちを出迎えてくれた。そこかしこにグリーンが配置されており、開き窓から差す陽光を、スポットライトのように浴びている。

 入り口で待っていると、給仕服姿の女の子が元気に奥側の席まで案内してくれた。俺はケーキと紅茶を2セット頼んだ。ケーキ一つで700Gで、紅茶が400G。合計で2200Gがここで消えた。比較対象がないからなんとも言えないが、この世界の物価は日本とさほど違いはないようだ。しばらくして頼んだものが机に置かれたので、それをフォークで分けて口に運びながら、俺はリズレッドにウィンドウの件を訊いた。


「なあ、リズレッドには俺たちが開くウィンドウは見えているのか?」

「ウィンドウ? なんだそれは?」

「こう、俺がときどき前方に手をやって、指でなにかを操作しているときがあるだろ? あのときリズレッドには、なにか見えたりしてるのか?」

「ああ、あれか。いや、私には見えていないよ。召喚者特有の生活儀礼か、呪いの類かと思っていたが、違うのか?」

「呪いかー、それは今度から人前でやるのは気をつけないとな。ええと、あれは俺のステータスを確認してたんだよ」

「ステータス?」

「ああ、身体状況とか習得しているスキルの一覧とか、そういった物が詳細にわかるんだ」

「それは……すごいな。今まで自分がなにを成してきたのかが、すぐに確認できるということだろう?」

「まあ、クエストの未済もわかるだろうから、そう言えなくもないかなあ」

「召喚者……聞けば聞くほど、人知を超えた存在だな」

「女神様には、どう教えられてるんだ? 俺たちのこと」

「そうだな……神をも超えた場所に存在する、超常の世界から精神だけを飛ばし、女神の用意した肉体に受肉して降臨する、人の形をした人ならざる者――とお告げで語られたな」

「女神様……それはだいぶ盛りすぎでは」

「ハハハ、だが実際、ラビたちは絶命しても再び蘇ることができるし、今話してくれたように、ステータスというものも簡単に確認できるのだろう? 十分そう言われるだけの存在だと私は思うよ」

「……気持ち悪いか?」

「…………正直、お告げを聞いたときには、そう思ったな」

「…………」

「超常の力もそうだが、女神様はこうも語っておられた。『彼らはこの世界に、遊戯性を求めています』とな。私たちは見ての通り、日夜魔王軍と戦い、命を削っている。そんな状況の中で、遊戯を求めてやってくる召喚者が、数万人押し寄せると言われたのだ。エルダー王や評議会は、だいぶ渋い顔をしたよ」

「……そう考えると、よくエルダーは召喚地として自国を提供することを認めてくれたな」

「エルダーは女神アスタリアを崇拝する国家だったからな。それに損よりも利益のほうが大きいと判断したのだ」

「? どういうことだ?」

「知っているかもしれないが、召喚地に選ばれたエルダーとバルガス、サンクエリはお互いにとても仲が悪かった。使者を送っても殺されて遺骨だけが戻ってくるような有様でな。大昔の大戦にその原因は遡るのだが、その話はまた今度にしよう。……それで、三国は貿易も、技術の情報交換も行わないまま、何百年も膠着状態が続いた。そうすると世界で力をつけ始めたのが、このシューノにように自由商売を生業とする商都だった。何年も己の領土だけで政治を回していた三国は、次第に世界における支配力を弱めていったのだ。そんな中で十年前に女神様が突然、教会のステンドグラス越しに降臨なされて告げられたのが――」

「俺たち、召喚者の存在だったと」

「……そうだ。先ほど話したように、最初は召喚者を渋っていた三国の王も、人知を超えた力を持つ召喚者を自軍の戦力とできれば、再び昔のように他国への強制力を取り戻せると考えた。王達は国の方針を召喚者の歓迎へと切り替えたのだ」

「……なるほど、そういうことだったのか」


 鎖国状態で世界への競争力を失う怖さは、日本で育った俺にはよくわかる。三国はまさに俺たち『召喚者』に、未来への活路を見出していたのだろう。もっともそれは、夢想のまま消えてしまった訳だが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る