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 だがそこで、一つの疑問点が浮かんだ。


「ん? でも待てよ? 他の国に召喚させて、そのあと自国に勧誘するという考えはなかったのか? そのほうが国内の混乱は最小限にできて、力だけ手に入れられるだろ?」

「……国教の違いがそれを許さないのだ。アスタリア教を推進している大国は今言った三国のみだ。その他の国で無理やり召喚しても、異教の使徒として、召喚直後に殺されるだろうな」

「マジか……」


 ケーキを食べ終わり一息ついたあと、俺たちは店を出た。リズレッドは元来、甘味が好きなようで、美味しそうに食べる姿がとても新鮮だった。もちろん昨日のお詫びなので支払いはこちらが全額持つと提案したのだが、リズレッドが私も払うと意地になり、結局、次回は向こうが奢るということで一段落した。

 支払いを終えて外で待たせていた彼女と合流すると、「先ほどのステータスのことだが……」と、おずおずと訊いてきた。


「ん? ステータスがどうかしたか?」

「その……それは他人に対しても使うことができるのか? 例えば私に対して、詳細な情報を探れたりとか……」

「他人に? あー、それは試したことなかったなあ。ちょっとやってみようか?」

「い、いや!? わからないならそれで良いのだ!!」


 慌ててかぶりを振ったかと思うと、少し流し目で「どうしてもと言うなら、私も拒否はしないが……」と付け加える彼女を見て、かっと顔が赤くなり、必死に隠した。俺は昔から中性的な顔立ちのせいで、女の子からよくこういったからかい方をされていたのだ。それに対して少しでも本気になると、決まって返ってくる言葉は「ぷぷ! 稲葉ガチじゃん! かーわいー!」である。全く、男の純情を弄ばないで欲しい。本気で泣きそうになるから。

 俺は深呼吸をして冷静さを取り戻したあと、素知らぬ顔で返答した。


「隠したい情報があるなら、余計な詮索はしないよ」


 見事なポーカーフェイスでそう告げると、リズレッドは少し困ったような顔をしながら、


「あ、いや……隠したい情報というか、見られるのは構わないのだが、事前準備が必要というか…………その……」

「その?」

「そ、その力は……た、体重とかも……わかってしまうのだろうか?」


 彼女はそれがとても大事なことであるように、視線を逸らして服の裾を掴みながら言った。その瞬間、盛大に噴き出してしまった。余計な意地を張っていた自分への馬鹿馬鹿しさと、彼女の意外な一面を知れたことによる、嬉しさからくる笑いだった。


「……っ、はははははっ! 大丈夫、そこまでの情報はわからないよ、ははっ!」

「そ、そこまで笑うことはないだろう!?」


 眉を釣り上げて講義するリズレッドを見て、俺は初めて彼女に対して”綺麗”ではなく”可愛い”という感情が湧いた。今までお互い一歩引いた立ち位置から会話していたのが、ぐっと近づいた気がして、ケーキショップをセレクトしてくれた麻奈に、心の中で改めて礼を言った。

 こうして俺のお詫び作戦は、とても和やかな内に成功で締めくくることができたのだった。


 良い感じに腹も満たされ、ひと心地ついた俺たちは、今日の目的である西シューノに向かった。

 ミーナの言う通り、足を進めるごとに雰囲気が徐々に変わり、治安の悪さが目立つようになってきた。アメリカなどで華やかな観光メインストリートの一本隣では、強盗や麻薬の密売が平然と行われる、危険なスラムが形成されていることも珍しくないと聞いたことがあるが、今まさに俺は、そのスラムへ繋がる中道を進んでいるような気分だった。

 離れるなよ、とリズレッドに告げると、


「ふふふ、ずいぶん頼もしいじゃないかラビ? 一昨日は遅れを取ったが、本来なら私のほうが剣術は上なのだぞ?」


 という、再びのふふん顔が返ってきてしまった。俺だって男として、こういうときには格好付けたいだけど、剣術を持ち出されては流石に何も言えない。口を尖らせて拗ねると、彼女が笑いながら「まあまあ」と肩を叩いてくれた。

 だが俺たちのそんな緩い空気と反比例するように、歩を進めるたびに地面にはゴミが散見され、壁は醜悪な落書きや卑猥なアートの密度を増していった。奥から聞こえるガヤは、東で出会ったネイティブたちの落ち着いた様相とは異なり、攻撃性を隠しもしていない。

 暗い路地を通っているときに、地面に寝ていた男がおもむろに起き上がると、


「よう兄ちゃん、えらい綺麗な子を連れてるじゃないか。フードの上からでもわかるぜ。身売りなら高く買いそうな奴を紹介するぜ。もちろん、仲介料はいただくけどな! ヒヒヒ!」


 リズレッドを上から下まで舐めまわすように観察したあと、そう言って下卑た笑いを浮かべた。

 失せろ、とリズレッドが言いかけたところで、俺は、


「彼女は俺の大事な仲間だ、売る気はない。そんな目で見るのもやめろ」


 と告げた。男はびっくりしたような反応をしたあと、「人が親切に教えてやろうってのによ……」と悪態をつきながら、どこかへ消えていった。どうもここの連中は、女性に対する嗅覚が鋭いようだ。騎士副団長を務めた彼女ならなにも問題はないと思うが、念のため俺は、リズレッドのフードの端をつまむと、ぐい、と深く引っ張った。


「もっと顔を隠しておいてくれ、君を危険な目に合わせたくない」

「……うん」


 そのまま進むと、大きな広場に出た。そこは露天商で埋め尽くされており、どこで収穫したのかわからないアイテムや、魔物の体の一部などを売買しており、明らかに表に出せないものまであった。

 俺はその店の中から、武器を取り扱ったものがないか目配らせたが、あるのは食料品や日用品、そして怪しげな薬だけだった。明らかに武器だけが意識して取り除かれているような印象を受け、首を傾げる。


「……なんだか、意図的に武器だけ置いてない感じだな」

「まあ、この都市で武器に困るネイティブは少なくないからな。必要に迫られた者をカモにするために、こんな表玄関には置いていないのだろう」

「……うーん、そこがわからないんだよなあ。じゃあ東側で安価な武器を置けばいいんじゃないか? そうすれば西側の収入源も、少しは減るだろう?」

「今の品揃えで売れるうちは、市場模様は大きくは変わらないさ。ここは敵の質が高い分、それだけ腕利きの戦士も集まるからな。そういう戦士の羽振りは、総じて良いものだ」

「……俺、おもいっきり初心者なんだけどなあ」

「ふふ、そう言うな。ここに召喚されたからこそ、私はラビに出会えたのだ」


 その言葉を聞いて、落胆した心が少しだけ元気になった。我ながら単純なものである。

 だが裏市場をどれだけ探しても、一向に武器を置いた店は見つからなかった。いい加減諦めて別の手を考えようと思っていたとき、目の端にきらりと光る物が見えた。そちら

を振り向き、もう一度確認すると、そこには確かに一本の剣が置いてあった。


「あれは……」


 薄汚い幌で屋根を作り、即席のカウンターであつらえた、まるで祭りの出店のようなその店は、市場の奥まった場所でひっそりと開かれていた。近づくと店奥にいる男が「らっしゃい」と、感情のこもらない事務的な声で挨拶を告げてくる。色黒長身で見るからに怪しい大男は、俺たちに視線を合わせないまま、黙々と奥で他の剣を研いでいた。店先にはこの一本しかないが、奥にはまだ何本もあり、どれも良く手入れされているようだった。

 剣を見てリズレッドが「ライトソードだな」と教えてくれた。値札を見ると二万Gと書かれており、現時点の所持金でも十分に手が届く範囲だった。俺は剣に手を伸ばそうとしたが、リズレッドがそれを静止した。


「やめておけ。ライトソードはファストソートの次に初心者が装備する使い勝手の良い品だが、値段が高すぎる。本来なら千二百Gが相場といったところだ」

「げ。千二百のものを二万で売ってるのかよ」

「ああ、しかも……」


 そう言うとリズレッドはライトソードを凝視した。すると彼女の青い瞳が、ぼうっと明るく光った。

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