18

「やはりだ……能力減退の呪いが付与されている。大方どこかの戦士が戦闘中に呪いを受けて、使い物にならなくなって売り払ったのだろう」

「そんなことがわかるのか?」

「《鑑定眼》というスキルだ。高レベルなアイテムを鑑定するにはそれだけの熟練度が必要になるが、ライトソードくらいなら誰でもできる。どうだ、ラビもやってみるか?」

「え、俺にもできるのか?」

「もちろんだとも。《鑑定眼》は幅広い職業で習得が確認されている汎用性の高いスキルだからな。やり方だが、対象のアイテムをじっと見て、その外観や品質を品定めるように観察してみてくれ」

「わ、わかった……」


 言われた通りにライトソードを目を細めて凝視した。どことなく鮮魚コーナーで、美味い魚を品定めるときの感覚に似ている気がした。

 すると、ピ、という馴染みの音と共に、メッセージが開いた。


《《鑑定眼Lv1》を習得しました》


「本当だ! こんなに簡単に習得できるのか!」

「目的のスキルを持ったネイティブに直接教わることで、習得が早くなるんだ。だがたった一度で覚えてしまうとは、ラビは飲み込みが早いな。ではそのまま、ライトソードを見ながら《鑑定眼》を使用してみてくれ」

「使用するって、どうやって?」

「スキル名を念じるだけでいい。それがトリガーとなり、スキルが発動する」

「わかった」


 俺は彼女に従い、剣を見つめたまま意識下で《鑑定眼》と呟いた。


《ライトソード 装備条件:なし ATK:+15 効果:DEX-5(呪)》


「おお! なんか情報が頭に入ってきた!」

「だろう? これができるのとできないのとでは、装備品を揃えるときの手間が大きく変わってくる。性能なんて、騙そうと思えば店主がどうとでも言えるからな。本当の性能を見出すには、自分の目を良く鍛えることが大事なんだ。剣が魂の象徴である騎士にとって、何よりも基本視されるスキルだ」

「なるほどなあ。でも惜しいな、二万Gだとしてもないよりはマシだし、呪いさえなければ買うんだけど」


 そう言って俺は剣を手に取った。装備するわけではないし、触っただけでは呪われる訳でもないだろう。

 だが柄を握った瞬間、パリン! と、何かが割れる音がして、思わず肩をびくつかせた。


「!? 今、どこかでガラスが割れなかったか?」

「? いや、何も聞こえなかったが……?」


 二人で首を傾げていると、再び電子音が鳴り、メッセージが表示された。


《呪いが付与されたアイテムを手にしたことにより《断罪セシ者》の新たなスキルが発現しました》

《《破魔Lv1》を習得しました》

《《破魔Lv1》の効果により、ライトソードの呪いが解除されました》


「……え?」


 俺は目を丸くした。その様子を見て怪訝そうに顔を覗くリズレッドが、何かを察してくれたようで、再び剣を鑑定した。


「うそ……呪いが消えている!?」

「やっぱりこれ消えてるよな? 俺の《鑑定眼》が間違ってる訳じゃないよな?」

「ああ、間違いない。確かに先ほどまで付与されていた『DEX-5』が消えている」

「《破魔》っていうスキルなんだけど……」

「《破魔》? そのようなスキルは聞いたことがないな。だが解呪のスキルは聖職系の職を神託された者が習得できるものだ。ラビはその……聖職系の職を神託されていたのか?」

「いや、……多分違うと思う。俺は《断罪セ――」


 自分の職業を言おうとしたとき、リズレッドが慌てて俺の口を塞いだ。


「わー! こ、こんなところで自分の職を言うんじゃないっ!」

「っ!?」


 俺は口に封をされたまま、こくこくと頷いて了解したことを伝えた。リズレッドはほっと胸を撫で下ろすと、子供に注意する母親のように指をびし、と突き立てながら言った。


「いいかラビ? 外で自分の職を明かすのはこの世界ではご法度だ。職というのは一度神託されると取り消すことができない。つまり、それだけ重要なパーソナルデータなんだ。もし敵対する者にバレれば、一方的にこちらが不利になってしまうからな」

「そ、そうだったのか……悪い、気づかなかった」

「……私のほうこそラビが召喚者だということを忘れて、つい口に出しやすい会話の流れを作ってしまった。申し訳ない」

「いや、職業の重要性をここで聞けてよかったよ。リズレッドがいなかったら、うっかりどこかで話してたと思う」


 実際、朝にALAにログインしたとき、外門付近で「僧侶Lv3です、パーテイ入れてくださーい」とか「最強の剣技を極めし剣術師Lv3だ、パーティ参加希望」とか、ばしばし召喚者が叫んでいるのを見て、俺もパーティ募集する際は「断罪セシ者Lv14でーす」とか言おうと思っていたし、危ないところだった。

 考えてもみればリズレッドは、俺が低レベルでありながらアモンデルトを倒したことについて、何も詮索はしなかった。おそらく職業に依存して得たスキルを使ったのだと推測し、あえて何も訊かなかったのだろう。

 彼女の心遣いに感心していると、店主が驚いた顔で俺に言葉を放った。


「……お前、まさか武器の解呪ができるのか?」

「……ああ、まあな」


 さも、ずっと前から習得していましたが? という顔で頷く。裏と繋がった人間かもしれない以上、舐められないようにポーズを取るのは必須だろう。店主はまじまじと解呪されたライトソードを眺めると、ぽつりと呟いた。


「……なら、ひょっとしてこの剣も解呪できるか?」


 そう言うと、店の奥にしまってあった武器の中から、一振りの剣を取り上げた。黒の柄と黒の鞘、アクセントに黄金の真鍮が施された、見るからに高額そうな一本だった。それをカウンターの上に置くと、腕を組んで仁王立ちした。


「まあ、物は試しだ。少しお前の解呪の腕前を見せてくれ」

「これは?」

「わからん」

「は?」


 即答されて、思わず素っ頓狂な声が出た。


「わかんねえんだよ。鞘から抜けねえんだ、これ」

「鞘から抜けないって……そんなことあるのか?」


 困り顔で後頭部をぼりぼりと掻く店主をよそに、俺は剣を凝視して《鑑定眼》を使用した。だが脳に流れてきた情報を認識すると、思わず納得してしまった。全ての情報が《???》なのだ。何かの効果は付与されているようだが、《???》が三つも付いており、その内どれが呪いなのかもわからない有様で、この剣はその様相と同じく、全てが黒塗りされた一刀だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る