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「これは流石に無理だと思うけど……もし抜けたら、タダで譲ってくれるのか?」

「ンな訳ねえだろ。だがこっちとしても呪われたアイテムなんてさっさと売り飛ばしてえからな、もし抜けたら五万で譲ってやるよ」

「呪いを解除できたとしても五万も取るのかよ。商売根性逞しすぎるだろ」

「ったりめえだろ! こんな所で飯代稼いでるんだ、逞しくねえと死んじまうのさ」

「はいはい、じゃあ一応やってみるけど、あまり期待するなよ」


 そう言ってカウンターから剣を取り上げると、すう、と深呼吸をする。俺の《破魔》はまだレベルが1だ。おそらく失敗するだろう。だがやるからには全力でやりたい。その思いを込めての一拍だった。


「……っし、やるか!」


 啖呵を切って鞘を握ると、力を込めて柄を引いた。だが、やはり剣はそんな俺の意気込みなど意に介さないように、微動だにしなかった。


「ぬ……ぐぐぐぐぐぐッ!」


 カタカタと鞘が軋む音は聞こえるものの、一向に引き抜ける気配がない。俺は最後のあがきで、目一杯叫びながら剣を引いた。


「――ッの野郎! とっとと抜けろぉぉおお!!」


 その時、《破魔》のスキルがLv2へ上がったことを示すメッセージとともに、バリン! と一際強い破壊音が鳴ると――


「ぬ……」

「ぬ……」

「抜けたーー!!」


 俺たち三人の歓声が上がった。

 今までの抵抗が嘘のように解けたものだから、勢いよく引き抜いてしまい、あやうく取り落としそうになった。慌てて柄を握り直すと、そのまま空へ掲げた。


「はぁ……はぁ……手こずらせやがって」


 刀身を確認すると、鞘同様の純黒でできた美しい刃が俺の瞳に映った。西洋刀というより日本刀のような形状をしており、俺の厨二心をくすぐる。


「……ハハ。まさか本当に解呪するとは思わなかったぜ。やるなあガキンチョ」

「誰がガキンチョだ! 俺の名前はラビだ。自分とこの不良品を買い取るありがたい客の名前くらい、ちゃんと覚えておけ!」

「あーあー、わかったわかった」

「……で、本当にこれを五万で売るのか? 見たところ、明らかに値打ち物だぞ。まあ売らないって言っても、強引に代金を置いて持っていくけど」


 凄む俺に対して、店主は両手を上げながら肩をすくめた。


「わーってるよ。そいつはお前さんのもんだ。男に二言はねえさ」


 その顔はどこかさっぱりとしており、嘘をついているようではなかった。


「……あんた、変わってるな。西シューノの連中は、どこかで犯罪をやらかした人間の集まりだって聞いたけど」

「フン、俺はしがない鍛冶屋兼武器商人だよ。ただ手広くやり過ぎちまってな。国を追われて今はこんなとこでしか腕を振るえないのさ。言っとくが誓って殺しはしてねえぜ? まあ、俺の売った武器で何人死んだかは知らねえけどな!」


 そう言ってかか笑いをする男に、俺は少しだけ興味が湧いた。言っていることは物騒だが、根っからの悪人ではなさそうだ。それに鍛冶屋の伝手ができるというのも、今後の冒険に役立つかもしれない。


「……あんた、名前は?」

「ギリアム・アーツだ。俺はいつでもここで誠実にボッタクリ価格で武器を売ってる。また用があったら来な、ガキンチョ」

「名前で呼べ! ……なんでそんなに親切なんだ? 言っとくけど、上客になれるほど金は持ってないぜ」

「ま、商売人の勘ってやつだな。鍛冶屋ってのは、武器の声が聞けるのさ。それでお前の顔を見たときにピンときた。その剣はお前に抜かれたがってたのさ」

「……にしては、随分抵抗されたけどな」

「カーカッカッカッ! 剣は女と一緒だ。素直じゃねえんだよ!」

「どういう理屈だっ!」


 そんな会話をしていると、「ごほん」と空咳をしながらリズレッドが、居心地悪そうに割って入ってきた。


「なあラビ、せっかく解呪できたんだ。そいつも鑑定してみてはどうだ?」

「ああ、それもそうだな」


 俺は手に持った純黒の剣を凝視した。


《ナイトレイダー 装備条件:剣戟系の職Lv10以上 MND:+72 効果:ダメージ値をMND依存に変換 夜はMND値が+30》


 《鑑定眼》を使うと、先ほどの黒塗りが嘘のように全て開示されるようになっていた。効果が三つから二つに減っているが、呪い分が消えたのだから計算は合う。


「ナイトレイダーって言うのか……へへ、宜しくな!」


 そう言ってもう一度、純黒の剣を空に掲げた。武器の声なんてものは聞こえないが、不思議と剣も俺に返事をしてくれたような気がした。

 ゆっくりと刀身を鞘に収めると、そのまま腰に差す。それにしても剣戟系の職が装備条件なのに、MND依存で攻撃力が決まるとか、なんとも捻くれた奴だ。幸い俺は、女神様にもらったボーナスポイントを全てMNDに突っ込んでる。その為こいつとの相性は良いはずだ。

 目的を達成した俺は太陽の昇り具合を確認する。頂点から少し落ちてはいるが、まだまだ暗くなりそうにはない。このままマズローを突っ切ってエルダーに行けば、少しはリズレッドの同胞をあの世に送ってやることができるかもしれない。


「なあ、このままエルダーに向かおうと思うんだけど、リズレッドは大丈夫か?」

「無論だ。そいつも早く振るわれたいだろうしな」

「よし、じゃあ早速向かうか! ギリアム、世話になったな」


 ギリアムは「毎度」と言いながら手を上げて俺たちを見送った。

 そして一人となったあと、純黒の剣がなくなった店を眺めながら、ぽつりと呟いた。


「……武器に愛される召喚者か。さあて、これからどうなるかな」

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