20
◇
西シューノから出た俺たちは、そのまま外界の門をくぐって《エルダー神国》へと向かった。
プレイヤーに伝えた安全ルートはすでに多くの人の知るところとなったようで、そこかしこに《マズロー大森原》に向かう召喚者が散見された。だが今の俺たちが向かうのはそこよりも更に奥、魔王軍が滅ぼしたリズレッドの亡国だ。
俺は気を引き締めた。アモンデルトが不在になったとはいえ、魔王軍の連中がまだ残っているかもしれない。ラストダンジョンに出てくるような敵に見つからないように、ゾンビとなったエルフ達を救う。冷静に考えれば、それはとんでもない無理ゲーな気もするのだが、リズレッドの見解は違った。
「おそらく、エルダーに魔王軍の者は、もういないだろう」
「え、どういうことだ? せっかく占領した地域を、みすみす捨てたのか?」
疑問に対し、リズレッドは俺を指さして応えた。
「今回の奴らの目的は、あくまでもラビたちを召喚する儀式の阻止だ。その目的が達成されれば、早々に本拠地に戻るはずだ。アモンデルトは特例として、大半は命令に従って、もう帰還しているだろう」
「そんなに急いで戻らなくちゃいけないほど、魔王軍は数が少ないのか?」
「ネイティブよりは少ない。でなければ、この世界はもう奴らに占領されているさ。だがそれ以上に、魔王がそれだけ三国壊滅に割いた人員が多かったということだ」
「……短期決戦狙いか」
「ああ。長期戦になればどうしたって攻める側が不利になるからな。エルダーは大軍で一気に攻められたし、他の二国も同じようなものだろうな」
電光石火のように攻め、壊滅と同時に去っていく魔物部隊。ネイティブよりも身体能力の高い魔物ならではの戦略だった。そしてあとに残されるのは、破壊し尽くされた思い出の故郷と、親しかった友人達の亡骸……。今回に至っては亡骸はゾンビに変えられ、なおも地獄を彷徨っているのだから、状況は最悪と言って良かった。
「……早く救ってやろう」
「……ああ」
未だ見ぬ地獄の廃城を目指し、俺たちは《マズロー大森原》を進んだ。
《エルダー神国》
森林を抜けると、いきなり視界がひらけた。森を伐採して作られた広大な土地に、周囲をぐるりと囲む城壁が建ちそびえていた。ウィンドウを確認したので間違いない。ここがリズレッドの故郷である《エルダー神国》だ。
「……ここが、リズレッドの故郷」
「……」
いまだに残る硝煙の臭いと、鼻を突く生臭さは、きっとエルフの亡骸から放たれるものだろう。門はすでに破壊されており、元々は頑強な作りであったであろう分厚い扉は、今は虚しく地に打ち果てていた。廃材に足をひっかけないように気をつけて中に入ると、
「うっ……」
思わず手で口を覆った。
城壁の中に広がっていた光景は地獄だった。
見渡す限り破壊し尽くされた廃墟と、そこに横たわる、数え切れないほどのエルフの遺体。五体満足に遺っているなら良いほうで、大半は腕や足が欠損していたり、首がないものまであった。外壁の外からでもわかる腐臭も、この数なら納得できる。一国を滅ぼされるという悲惨さを、俺は改めて実感した。
「……」
リズレッドは無言で遺体の前に立つと、胸に手を当てて祈ったあと、小声で「《ファイア》」と呟いた。手のひらから放射された炎が亡骸を包み、無残な姿となった同胞を、これ以上こんな姿でいるのは辛いだろうと言っているように、柔らかな火で覆い隠した。
「すまない……すまないみんな……ごめんなさい……」
守れなかった民に何度も謝りながら、彼女は確認できる範囲でその遺体を火葬していった。
「リズレッド……気持ちはわかるけど、ここで魔法を使いすぎたら……」
「……ああ、そうだな」
そう言って立ち上る炎と、いまだ多く残る同胞を前にして、リズレッドは祈りを捧げながら言った。
「すまないみんな。必ず全員弔う。だから……今はもうしばらく、待っていてくれ」
そう言って唇を噛みつつ、頭を下げる。敵から落ち延び、守ると誓った国民たちの亡骸を前にして、彼女の自責の念はどれほどだろう。俺も《ファイア》を使えればと思い、顔をしかめる。今、習得しているスキルは《罪滅ボシ》《破魔》《鑑定眼》のみで、故人を弔うには無力だった。
悔しさを胸に抱きながら前に進んだ。この国がいまどういう状況になっているのかを掴むまでは、不用意な消耗はさけたかった。リズレッドの話していた父や友人、そして主君である王――その全員を救うには、あまりにも情報が足りなかった。
リズレッドが言うには、ここの構造は外周沿いが城下町となっており、中心がエルダー城となっているらしい。ひとまず俺たちは街の散策から始めた。もしかしたら生き残りがいるかもしれないし、状況を知るためにも色々と見て周るのが一番と考えたからだ。
外門の近くは比較的ひらけた広場だったのだが、奥に進むとすぐに、まるで迷路のように入り組んだ道が俺たちを出迎えた。民家が高い壁の役割を果たし、どちらへ進めばどこへ行けるのかも、俺には検討がつかない。リズレッドがいなければ攻略に相当時間を要しただろう。
「侵入者の進行を遅らせるために、わざとこういう都市設計になっているのだ」
リズレッドが道を進みながら教えてくれた。
しばらく進むと、ふいに曲がり角の先から『パキ』という、廃木を踏みつける音が聞こえた。二人で目を合わせたあと、静かに剣を握った。自然に鳴る類の音ではない。明らかにあの曲がり角の向こうに、何者かがいるのだ。ゾンビか? ここに辿り着いた召喚者か? 緊張が心臓が小刻みに跳ねた。そして、
『オ゛オ゛オオ……オ、オオオぉぉおお……』
ずりずりと足を引きずりながら姿を見せたのは、エルフの成れの果て、腐り歩くゾンビだった。
「ハッ!」
邂逅一閃、雷撃のような速さでリズレッドが接近すると、円弧を描いた刃が、そのまま奴の首を撥ねた。踊るような剣舞だった。愚者という対象を前にして、彼女の煌めく小金の髪が、研ぎ澄まされた剣技が、一層美しく映える。だが見とれている俺に対し、彼女は警告を発する。
「まだまだ来るぞ! 気をつけろラビ!」
「お、おう!」
その言葉を皮切りに、ゾンビの群が次々と現れた。剣術の心得はないが、不思議と足取りや体さばきがわかった。レースゲームをプレイするときに、コースの理想ルートを示す光線が表示されるモードがあるが、まさにそんな感じだった。俺はそのありがたいガイドに従い、ゾンビの胴体に刃を振るった。
――ガッ!
だが横薙ぎの一閃は、ゾンビの脇骨に当たり、途中で止まってしまった。もう一度力を込めて振り切り、なんとか両断する。リズレッドの舞うような剣戟を見たあとだと、簡単に斬れるように錯覚していたが、Lv14の腕前では、まだまだ一撃でこいつらを倒すにはMND(俺の攻撃力はナイトレイダーの効果でMND依存になっている)が足りないようだった。
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