21

 EXP +10

 G +30


 視界の隅にメッセージが流れた。スライムが獲得EXP1だったので、こいつらはおおよそ、その十倍の強さということになるのだろうか。リズレッドに追いつくためにも、ここでできるだけレベルを上げたかった。俺は二体目のゾンビに突撃する。

 だが敵は小さく体を震わせたかと思うと、緑色の嘔吐物を盛大に吐き出した。急いで回避行動に移ったが、反応が遅れて少しだけ服にかかる。ゲームの世界とはいえ、決して気分の良いものではなく、俺は顔をしかめた。


(くそ……油断した!)


 動きが遅く、愚鈍な敵とあなどり、危うく盛大に毒液のシャワーを浴びてしまうところだった。唇を噛んで反省しつつ、今度は細かなターンを加えながら敵に近づいた。


『グォォ゛オ゛オ゛ッッ!』

「同じ手を何度も喰らうかッ!」


 今度は上手く毒液を回避し、二撃を与えて倒すことに成功した。

 しばらく戦っていると、奴らの攻撃は《噛みつき》《毒液》《覆いかぶさり》の三つがあることがわかった。二つはすでに対応済みであり、《覆いかぶさり》はヒットアンドアウェイを心がけることで、回避することができた。


 EXP+10……G+30……EXP+10……G+30……EXP+10……G+30……EXP+10……G+30……


 黙々と敵を狩っていく。視界の隅には取得した経験値と金の増値が、ひっきりなしに上から下へと流れていった。元ネイティブだったゾンビを延々と切り続けていくと、自分が殺人鬼のような気持ちになってきて、思わずかぶりを振った。このゲームは十八禁指定がされており、その分ゴア表現がキツい。臨場感からくる刺激的な感覚が、新たな自分を発見してしまうような楽しさと、危険さを孕んでいた。

 だが俺は、そのスリルな行動に、次第にのめり込んでいった。規制の厳しい日本のゲームでは味わえなかった何かが、今まで満たされることのなかった欲求を、どんどん埋めていくような気がした。


(――バルロン・アーシュマに感謝だな)


 無心でターンとヒットアンドアウェイのもと、ゾンビを攻撃し続けた。だが不意に、リズレッドが悲鳴を上げた。


「ラビッ!?」


 突然、大切にしていたものが壊れてしまったときに上げるような、悲痛な声音だった。


「どうしたリズレット! 何かあったか!?」


 急いでそちらへ振り向くと、彼女は俺を見つめていた。その表情は今まで見た彼女のどれとも違い、瞳に驚愕の色を浮かべていた。


「どうしたではない!! 早く戦線を離れろッ!!」


 怒鳴り声を上げて俺の腕を強引に引っ張ると、そのままゾンビたちを振り切って、手頃な民家に飛び込んだ。中に敵がいないことを確認すると、急いでドアを締めて鍵をかける。一体なにをそんなに慌てているのかわからず、てっきり彼女の身に何か起こったのかと思ったが、


「馬鹿者ッ!」


 そう言って、買っておいたポーションを俺に渡してきた。


「なぜそんなになるまで戦っていた!!」


 何を言われているのかわからず、促されるままに視線を自分の体に向けた。そこには、


「うわ……」


 無数にゾンビに噛まれ、引っ掛かれて損傷した体があった。損傷と言っても傷を表す赤いエフェクトが明滅しているだけなのだが、それが幾重にも重なっていた。上手く避けているつもりだったのだが、あの多勢では気づかずに喰らっていた攻撃があったようだ。

 これが生身だったら、どちらがゾンビかわかったものではないだろう。無心で狩りをしているうちに、いつの間にかHPが減っていることに気づかなかったのだ。HPを確認すると残りは35となっており、かなり際どい値まで減っていた。リズレッドが声をかけてくれなかったら、初めての戦いの興奮に当てられて、うっかりゲームオーバーになるという、情けないことになるところだった。

 リズレッドがとても申し訳なさそうに告げる。


「ラビ……こんなになるまで、私の国のために戦う必要はないんだ。もっと自分の体を大事にしてくれ。頼む」


 頭を下げて、自分の至らなさを反省するリズレッドに対して、俺は笑って応えた。


「はは、ごめんごめん。今度はもっと気をつけるよ」


 ポーションを飲んで回復させつつそう言うと、リズレッドがとても怪訝な顔をした。


「……? ラビ、傷は大丈夫なのか?」

「いや、もう少しで死ぬところだった。でもポーションも飲んだし、もう大丈夫だ」

「……いや、そうではなくて。それだけの傷だ、しばらくは痛みで動けないのではないか? 気を使わなくても良い、休みたいときは言ってくれれば、私だってきちんとそれに応えるから」

「? いや、大丈夫だよ。痛みは感じないから」


 そう告げると、今度こそ彼女は信じられないような目をしたあと、無言になってしまった。目の前にいる人間と思っていたものが、全く違う存在であったことに気づいたような、そんな感じだった。


(あ……)


 俺はそこで初めて気づいた。自分がいかに特異なことを言っているのかを。もし現実で、血みどろになりながらも痛みを感じず、へらへらと笑っている人間になんて出くわしたら、誰だって彼女のような反応をする。いや、彼女だからこそ、この程度の反応で済んでいるのだ。化物扱いされて逃げられたって、不思議ではない。


「……ごめん、リズレッド。俺、そこまで考えてなくて……」


 謝る俺に対して、今度は彼女が謝った。


「……いや、ラビと私は違う存在だ。そんなことは初めからわかっていた。召喚者とネイティブの違いなど……」


 その言葉を聞いたとき、胸のどこかが、ちくりと痛んだ。

 “ラビと私は違う存在だ”、そう言われたことが、少しずつ縮めてきた俺たちの距離を、再び離してしまったような気がした。

 だがリズレッドは俺の手を取ると、優しく微笑みかけながら言ってくれた。


「――ラビはラビだものな。召喚者だとかネイティブだとかは関係ない。私のことを、命がけで救ってくれた恩人だ。だというのに自分と少し違うからと、及び腰になってしまった私が情けない。すまなかったラビ」


 赤いエフェクトが走る俺の手を、リズレットが強く握った。俺は自分がどれだけ奢っていたのかを知った。この世界の住人であるネイティブと、現実世界の住人である召喚者。その違いをきちんと把握する必要があった。自分の善行心だけで助ける助けると連呼しても駄目なのだ。足並みを揃えて進む必要があった。俺はその思いを、素直に口にした。

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