22

「リズレッド……俺は、この世界についてまだ何も知らない。リズレッドたちのこともまだまだ知らない。でも知りたいんだ。ネイティブとか召喚者とか、そんなことで、くだらない境界線を引きたくない。だから……」


 その言葉を、リズレッドが続けてくれた。


「ああ、私もだ。一緒に歩もう。こうして出会えたのも、きっと何かの理由があるはずだ」


 そこまで言い終えて、何だか恥ずかしくなり、二人して顔を逸らしてしまった。

 俺は胸に湧く嬉しさと不安を同時に味わった。そう言ってくれるリズレッドには心の底から感謝したし、それに応えたいと思った。だが同時に、自分の行動で、不用意に彼女を傷つけてしまう力が自分に備わっていることが、とても怖かった。

 だが今回のことで、早めにそれに気づけただけでも幸いだったのかもしれない。もっと先で、取り返しのつかないタイミングでそれが発現してしまったと考えると、背筋が凍った。召喚者とネイティブ。なぜバルロン・アーシュマはここまで人間そっくりのNPCを作り、俺たちと邂逅させたのだろう。そこには何か、ビジネスとして以上の思惑が隠されているような気がして、胸中に原因のわからないざわめきが起こった。

 だが今はいくら考えても答えは出ないとわかり、当面の問題に対する思考にシフトした。ここにいるエルフを全員あの世へ送ってやるには、どれだけ時間がかかるかという問題だ。

 疑問を投げかけると、リズレッドは難しい顔をしながら言った。


「……そうだな、国民全員がゾンビ化している訳ではないようだが、それでもエルダーは広いからな。かなりの日数を要するだろう」


 ――かなりの時間を要する。

 そう、それは間違いない。だがそれは、俺たち二人で行うなら、という話だ。


「……俺の目算だと、おそらく他の召喚者がここの適正レベルになるまで、そう時間はかからないと思う。ここに来るまでに、新しめの人が通ったあとも何個かあった。まだ人数は少ないみただけどな。だからあと一日二日で、ここは大量の召喚者で埋め尽くされるだろう。今の召喚者の目的は、全てがレベル上げに向いている。初日のあの騒動で数は減っているとはいえ、まだ七万人近い奴らが残っている。そいつらが全員ここに来たら……」

「なるほど……ゾンビは人の遺体を媒介にして発生する魔物だ。他のと違い、大地から自然にポップするわけではない。そんな大勢の召喚者がなだれ込んだら、流石に一瞬で討伐は終わるだろうな」

「そういうことだ。だから……」


 俺は一拍置き、彼女にこれから伝えることの重要性を知らせた。彼女も薄々わかっているようだが、ここで改めて目的を擦り合わせておく必要があった。


「――リズレッドが自分の手で弔ってやりたい奴のところへ、最優先で進もう。現時点で犠牲になっているのが確定していて、ゾンビ化している知り合いを、できるだけ多く、俺たちが救うんだ。他の召喚者に、ただの経験値として斬らせる訳にはいかない」


 そう告げると、向こうも一拍置いたあと、声が漏れた。


「……ふっ」

「? なんだ?」

「……ふ、ふふ、ははっ」

「な、なんだよ!? 俺、何かへんなこと言ったか!?」

「……違う、違うんだラビ。……ラビ、君は優しいな。痛みも感じず、血も流れない体だが、君の心にはとても暖かい優しさがある。それが改めてわかって、思わず嬉しくなってしまった」

「なんだよ……改まって。恥ずかしくなるだろ」

「我慢しろ、私が一番恥ずかしいんだ。言っておくが、私は本来、こういうことを言う女ではないんだぞ。騎士団にいた事は《スカーレッド・ルナー》なんて呼ばれていてな。他の団員からも、随分恐れられたものだ」

「あー……そういえば初めてあったときのリズレッドは、すごい棘があったもんなあ。てっきり俺が人間だからだと思ってたんだけど、エルフにもそうだったのか?」

「そ、そんなに棘があったか? ……こほん、確かに私は人間が嫌いだ。フィールドで冒険者が魔物に襲われて死にかけていても、特別な理由がない限り、見捨てることもよくあった。だが自国を守る騎士になった以上、部下の育成に一切手を緩めるつもりはなかったのだ。例えそれがエルフだとしてもな」


 そこまで聞いて、俺はひとつの疑問をどうしても口にしたくなった。それはリズレッドの信念に大きな傷を残していることで、簡単に他人が触れていい話題ではないかもしれない。だが、もっと彼女のことを知るには、避けては通れない気がしたのだ。


「……言いたくないことを聞くかもしれない。その時はごめん。……リズレッドはどうして一昨日、《マズロー大森原》で一人、逃げ延びて倒れていたんだ?」

「……」


 問いかけに対して、予想通り沈黙してしまう彼女を見て心が痛んだ。だがどうしても知りたかった。これだけ国の盾となることに誇りを持っている彼女が、何故崩れ落ちるエルダーと運命を共にしなかったのか。それだけが腑に落ちず、胸にいつまでもつっかえていたのだ。


「……団員のみんながな、私に道を作ってくれたんだ」

「……みんなが?」

「ああ。魔王の軍勢が大挙して城下町を攻めたとき、私は前線で剣を振るった。だがあまりの多さに、戦線は急速に押しやられていた。このままでは逃走経路さえ塞がれると危惧した私は、まだ弱い団員からこの場を離れるよう命令した。いまここで国が落ちても、必ず生き延びて、守った王と共に再びエルフの国を興せとな。……だが彼らは『俺たちじゃなくて、生き延びるのは副団長が適任です』と言って、強引に私を戦線から離脱させた。自分たちでは王のもとまで辿りつけない。だから副団長が行って、この国を再建してください、とな。……逃げる道中で、多くの団員が死ぬ様を見た。《スカーレッド・ルナー》と裏でぼやきながらも、私についきてきれくれた、将来有望な奴らが、次々と……。そして極め付けに、私は王のもとまで辿り着けなかった。空から城に乗り込み、王室を直接攻めたアモンデルトによってな。奴の攻撃で城壁から落下した。下の木々がクッションになり、なんとか一命を取り止めたが、もはやそのとき国は火に覆われていて、どうすることもできなかった……」

「……そして失意の中、森を彷徨っていたときに、俺と会ったのか」

「……ああ」


 そこまで言い終わると彼女は、自嘲気味に笑いながら言った。

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