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「最低な騎士だろう? 何も守れず、一人生き延びて、いまだ未練たらしくこの世を彷徨っている。ここのゾンビと私は、一緒なんだ。想いも信念もなく、ただ彷徨うだけの愚者に成り果てた存在。それが今日、愚者となった彼らを見て、改めてわかった」


 ――違う。とは言えなかった。彼女の心の傷は、そんなよくある言葉で応えて良いものではなかった。そして簡単に踏み入って良いものでもなかった。

 だが、何かを与えてあげることはできないだろうか。至らないにしても、遠くからでも、今、俺が投げかけることができる救いの言葉は。


「……リズレッドがここの奴らと同じ、愚者だって言うなら――」

「……」

「――また、騎士に戻ろう」


 俺はなるべく気を落ち着けて、真っ直ぐに彼女の瞳を見て話した。


「愚者となったエルフを斬ることで、人としてあの世に送ってやれるなら、リズレッドだって騎士に戻れるはずだ」

「……それは……だが、どうやって……?」

「……守りたかった人を斬るんだ。斬って、解放してやるんだ」

「守りたかった人を……斬って……?」

「そうだ。今、エルダーの人たちは苦しんでいる。愚者となって歩き続けて、誰かに救ってもらうのを、ずっと待ってるんだ。彼らの戦争はまだ終わっていない。少しでもリズレッドの手で葬ってやって、その地獄から解放してやろう。それだって立派な『守る』ということだと思う。そしてそれが、リズレッドを愚者から騎士に戻すための、唯一の方法だとも、俺は思う」


 心臓が爆発しそうだった。恐怖からくる緊張だった。同胞を斬ることが救いだなんて、部外者の俺が何を偉そうに言っているのだろう。だが、これが俺の考えうる最善だった。守れなかった人を思って、いつまでも膝をつくリズレッドは見たくなかった。それならば、彼女自身の手で呪縛から解放してやるのが、彼女の心の呪縛をも解くことに繋がるのでは思ったのだ。

 もしこの提案で仲が切れるのなら、それはもう仕方ない。そう思った。だが――


「……君は、本当に優しいな」


 彼女は微笑むでもなく怒るでもなく、俺を見つめてそう言った。しいて言うなら、『困っている』と形容できるかもしれない。

 そのまま少し沈黙したあと、

 

「……そうだな、その通りだ。失意のまま振るう剣では、送ってやるエルフ達に申し訳がない。私はもう一度騎士になる。そのために――」


 強い瞳で、告げた。


「――我が王を、斬る」


 俺は何も言わず、静かに頷いた。


 方針は決まった。この国の中央、エルダー城で今なお苦しみ続ける王を斬る。リズレッドの手によってだ。時間はなかった。他の召喚者がここに到達するまでに残された猶予は少ない。だがなんとしてもやらなければならない。でなければ、彼女に騎士としての誇りを取り戻させる機会は、永遠に失われるだろう。

 不意に目の前にウィンドウが表示された。俺はそれを見て、決意が固まるのを感じた。


《クエスト:『亡国の赫月騎』が発生しました》

 内容:今は遠き過去の誇りを、その剣を以って取り戻せ

 達成条件:エルダー王(ゾンビ)の討伐


 自動生成されるクエストというのも、こういう場面では役に立つ。この一枚のウィンドウに示された依頼が、なによりもリズレッドが、前を向いて立ち向かう意思を持ってくれたことを意味しているのだから。

 俺はそこに指を走らた。


「……ラビ? また例の呪(まじな)いか?」

「……ああ。まあな」


 そしてウィンドウを閉じると、彼女に一旦ログアウトすることを告げた。

 これからぶっ続けでこの国に潜るのだから、まずは腹ごしらえが必要だと思ったのだ。奥に進んだところで空腹による警告メッセージなどが出てはたまったものではない。

「気をつけて」と告げると「私を誰だと思っているのだ」と、胸を張って言われてしまった。俺はそれに苦笑しつつ、十秒のウェイトののち、ALAをあとにした。


『亡国の赫月騎』

 内容:今は遠き過去の誇りを、その剣を以って取り戻せ

 達成条件:エルダー王(ゾンビ)の討伐

 ……備考:絶対にリズレッドを愚者にはさせない!



  ◇



 ポッドから出た俺は、ギルドに併設されたコンビニでパンを買うと、急いで口に放り込んだ。水分はトイレによる警告を危惧して摂らなかった。

 再びALAに戻る際に、コニュニティスペースで他のプレイヤーが、新しい狩場の相談をしていた。《マズロー大森原》は広大な森林地帯で未探索の場所もまだ多いが、やはり初日組は、そろそろレベルの適正地からずれてきているようだった。

 今は夕方の四時。おそらく今夜から明朝にかけて、続々とプレイヤーが《エルダー神国》に入ってくるだろう。足早にポッドまで戻ると、俺はそのままALAへ再びダイブした。

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