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  ◇



 エルダーの城下町に戻ると、準備はすでに整っていた。玄関に立ち二人で目配せをすると、扉を開き、俺たちはいっときの休憩スペースをあとにする。


「王がいるエルダー城までの進路は私にまかせてくれ。城下町の者も救ってやりたいが……今はなるべく無視して進むぞ」


 そう言うとリズレッドが先頭になって道案内を買って出てくれた。狭い通路が縦横無尽に張り巡らされた都市迷宮を、迷うことなく進む彼女のナビゲートはとても心強く、俺たちは廃墟と貸した城下町を突き進んだ。進路を塞ぐゾンビを一刀のもとに斬りふせる彼女の腕前に感心しつつ、俺も精一杯剣を振るった。

 何匹かゾンビを倒すと、レベルが上がったことを知らせるウィンドウが表示された。


《LvUP 14 → 15》

 ラビ・ホワイト

 断罪セシ者 Lv.15

 HP 97

 MP 75

 STR 82

 VIT 94

 DEX 71

 INT 115

 MND 145

 LUK 90

《E ナイトレイダー》

《E 流浪者の服》

《E 流浪者のズボン》

《E 流浪者の靴》

《E 流浪者の手袋》


 走りながら横目でちらりと見る。《罪滅ボシ》の特性から察しはついていたが、この職はMNDの上昇値が高い。他のステータスとは明らかに群を抜いており、次点でINTの高さが目を引く。さながら剣をメインウェポンにした魔導師というところだろうか。


(前衛職と考えて間違いなさそうだけど……HPが低いんだよなあ。敵の攻撃は避けるのが鉄板か)


 HPも低く、DEXも心もとない俺では、壁になってリズレッドを守るといった立ち回りはできないだろう。素早さで撹乱し、注意を引きつけて隙を作るのが《断罪セシ者》の基本戦闘術のようだ。その為には回避系のスキルを習得する必要がある。リズレッドは裏市場で、スキルを習得したネイティブに教わることで、習得スピードを上げることができると言っていた。継承システムのようなものが、おそらくこのゲームにはあるのだろう。俺は前を走るリズレッドに問いた。


「リズレッド、回避系のスキルを何か習得してないか?」

「なんだ突然?」

「俺はどうも防御力が低いみたいだ。今後のためにも、素早さで敵を撹乱できる戦術が欲しい」

「……なるほど」


 リズレッドはそう言うと、少し考えたあとに、


「では、こういうのはどうだ?」


 と告げると「《疾風迅雷》」と呟いた。その瞬間、矢のようにスピードを増したリズレッドが、前方のゾンビの首を撥ねる。それはアモンデルト戦で見せた、超加速による技巧だった。


「――それは、この前の」

「ああ。あのときは防がれてしまったが《疾風迅雷》は使用者の素早さを一時的に上げるスキルだ。そのまま攻撃を繰り出すも良し、回避や逃亡に使用するも良しという、使い勝手の良いものだ」

「……確かに、今の俺に一番必要な技だな」

「だがこの技は習得が難しい。ラビの職業によっては、そもそも使えない可能性もある。それでもやるか?」


 俺は二つ返事で「もちろん」と応えた。もとより今の俺には、これくらいしか自己鍛錬できることがない。せっかく大量の敵がいるのだし、実戦を交えて可能性を試すのは、現状できる最善手と考えたのだ。それに、


「俺も早くリズレッドの力になりたいからな」


 そう応えると、リズレッドは虚を突かれたように、目を白黒させた。


「そ、そうか? 力になら、もう十分なっているのだが?」

「いや、まだだ! いつか絶対、リズレッドを超えてみせる!」

「ふふ、頼もしいな。だが――」


 言葉の途中で、リズレッドは前方に再び注意を向けた。そこには大群をなしたゾンビ達が、通路を塞いで待ち構えていた。通り抜けられるような隙間はなく、奥に何体潜んでいるかもわからない。無理に突っ込むのは危険だろう。急いでいるというのに、厄介だが一体ずつ倒していくしか方法はないようだ。

 だがそんな群を見て、


「――だが、私とて簡単に抜かされる気はないぞ?」


 不敵に笑みを浮かべながら言うと、次の瞬間、


 ――ヒュン。


 という風切り音と共に、隣を走っていた彼女が消えた。

 急いで前を見ると、疾風のように駆け抜けるリズレッドが相手との距離を一瞬で詰めていた。そのままヒュンヒュンと幾重にも重なった美しい剣の軌道を描きながら、ゾンビの中に突っ込んでいくと、


「――ッ!」


 バタバタとゾンビ達が倒れていった。皆一様に正確に首を跳ねられており《疾風迅雷》を使用したのは明らかだが、あまりの鮮やかさに観察する事すらできなかった。俺は口をぽかんと開けながら、ただ驚愕する。


「《スカーレッド・ルナー》と呼ばれた私の実力、少しはわかってもらえたかな?」

「……はい、十分に」


 思わず苦笑しながらそう告げると、彼女は「よろしい」と満足げな顔をして、再び城を目指して進んだ。自分のレベルが上がるほど、彼女の強さが浮き彫りになっていった。今の俺では一撃で倒せないゾンビ達を、彼女は軽やかに振るった剣先で、鮮やかに両断していくのだ。パワーレベリングという言葉が脳裏に浮かんだ。強いプレイヤーに手伝ってもらい、効率的にレベルを上げる行為のことだ。『養殖』などとも呼ばれ、あまり良い意味で使われない場合も多いが、俺は今まさに、そのパワーレベリングをしている気分だった。


「なあ」

「なんだ?」


 だからこそ気になった。エルダー城攻略に、果たして俺は必要なのだろうかと。


「ひょっとして、俺、足手まといじゃないか? リズレッド一人のほうが、もっと効率的に作戦を進められるんじゃ……」


 そこまで言おうとしたところで、彼女が立ち止まった。急に止まるものだから、後ろからついて走っていた俺は、危うくぶつかりそうなる。なんとか踏み止まり、つんのめった体勢から、リズレッドの顔を見上げると、


「……」


 彼女は無言で俺を睨みすえていた。と思うと、おもむろに俺の額に手をかざし、パチン! と衝撃が走った。自分がデコピンをされたことに、遅れて気づいた。

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