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「――痛ッたァ!? え、なんで? なんで今デコピンされたの!?」

「……ラビ。謙遜は人と人の交流において大事なことだが、行き過ぎれば相手を不快にさせるだけだ」


 静かな声音でそう告げてくるリズレッドは、少し悲しそうな顔をしていた。


「私がこうしてエルダーの民たちに剣を振るえるのも、横に君がいてくれるからなんだ」


 そう言うと突然、俺の手を握ってきた。いきなりのことで驚くが、それよりも彼女の手が小刻みに震えていることがわかり、押し黙ってしまう。


「……そうだ、私は怖い。自国の民を斬っているのだ。その一刀一刀が、怖くて怖くて、たまらない」

「……リズレッド」

「今日斬ったゾンビの中には、私の見知った顔もあった。……逃げ出したかった。ゾンビから救うためだとはわかっている。だが、どうしても自分が最低な行いをしている気がして、心臓が毒を吐くようだった」

「……」

「今だって、顔を覆って、大声を上げて、全てを投げ捨てて逃げたい気持ちで一杯なんだ。だがそんなことをすれば、私は今度こそ駄目になってしまう。 一生、騎士としての誇りを取り戻せなくなってしまう。……だから隣に君がいてくれることに、とても感謝しているんだ。私が心を折らずに前に進めるのは、ラビが心の支えになってくれているからだ。私を救ってくれて、贖罪の道を示してくれた、大切な支えなんだ」


 リズレッドはそこまで、一気にまくしたてて告げた。俺はそれを見て、なんて自分勝手なことを言ったのだろうと後悔した。助けると誓ったのだ。それなのに弱音を吐いていては、助けられる側はたまったものではない。


「……悪い。俺が軽率だった。もう二度と言わない」

「……うむ。わかってくれれば良いのだ」


 そうして前を向き直り、彼女は再び走り始めた。俺はそのあとを追うが、今はまだ横に並べるほどの力はなかった。いつか必ず肩を並べて走る。心の支えと言ってくれたリズレッドに応えるためにもだ。

 そう心に強く決めて、俺は再び《疾風迅雷》の継承を始めた。



《エルダー神国・城下町・中心部》


 もうどれだけ進んだだろう。入り組んだ道を一時間ほど走り続けた俺たちは、手頃な民家で休憩を取っていた。民家と言っても先ほど入った家とは違い、集合建築ではなく一戸建てで、ちょっとした屋敷のような所だ。散見される豪奢な家財を見ても、ここが元はそれなりの身分のエルフが住んでいたことがわかった。


「エルダーは外周が一般層、中央に近くにつれて富裕層が支配する構造になっているんだ」


 立派なホールクロックを眺めていると、リズレッドが教えてくれた。


「なるほど。外から敵が侵入したときを想定して、一番守らなくちゃいけない人たちを中央に集めてるのか」

「そういうことだ。だがこの有様では――」


 辺りを一瞥して、残念そうに呟く。家は荒れ果てており、金目のものは何も盗まれてはいないようだが、それ以外のものは全て盗まれていた。ここに住んでいた人も、暖かい家庭を作っていただろう雰囲気も、今は見る影も無い。カーテンは引き裂かれ、カーペットはボロ切れとなり、床には所々穴が空いている。徹底的な蹂躙が行われたことが、痛いほど伝わってきた。ここで暮らしていた人たちは、一体どこへ行ったのだろうか。


(俺たちのせいで……ごめん)


 思わず手を合わせて謝罪する。プレイヤーがこの世界に召喚されなければ、魔王とて、ここまで強行手段には出なかっただろうからだ。


「お前のせいではないぞ」


 適当な食料を探しながら、リズレッドが呟いた。こちらは見ていないのに、すべてお見通しのようなその言葉に、思わず苦笑する。なんだか彼女には俺の心の内が全て見透かされているようだった。

 気を取り直して、俺も物資の調達を行った。火事場泥棒みたいで気が引けるが、この国を取り戻すためだ。きっと許してくれるだろう。


「リズレッド、なにか食いたい物あるか?」

「そうだな……パンでもあれば、携帯食に補充しておきたいな」

「わかった。それじゃあ台所のほう見てくる」


 現実世界に戻って腹ごしらえをした俺とは違い、彼女は昼の食事から何も栄養を摂っていない。エルダー城の攻略も考えると、ここで調達できそうな食料は貰っていく必要があった。

 入り口のロビーから奥へ足を踏み入れると、狭い石造りの廊下が伸び、枝分かれ的に他の部屋へと繋がっていた。薄暗くて狭い通路と、曲がり角の先が見えない作りが、どことなくホラーゲームを連想させる。いや、外ではゾンビが徘徊しているし、ホラーゲームそのものと言っても良いのかもしれない。

 食事室に出た俺は、そこで食料がないか捜索した。そこもひどい荒れようだったが、玄関ほどではなかった。床にはカトラリーがいくつも散らばり、肉や魚といったものは一切残っていなかった。おそらく魔王軍が奪ったか、その場で食ったのだろう。だが幸いなことにパンは棚の奥にいくつか残っており、それをありがたく拝借した。


(あとは……何か装備品があれば助かるな。護身用の短刀とか)


 腰に差した剣に手を当てながら、他の部屋も散策した。こいつが折れるとは思えないが、万一ということもあるし、戦闘中に取り落とすという可能性もある。安全策はなくべく多く持っておいたほうが良いだろう。

 だが一般市民の家にそこまで求めるのは酷というものなのか、他の部屋はごく平凡な個室ばかりだった。衣装棚の中に何か入っているかもしれないが、なるべく平和だった頃の残り香を残しておきたくて、手はつけられなかった。俺たちはあくまでもエルダー王の討伐を目的として動いているのだ。無用な捜索は、ただの窃盗になってしまう。結局、二階も探索し終えたが、食料以外にめぼしいものはなかった。


(仕方ない。パンがあっただけでも御の字か)


 一階に降りてリズレッドと合流しようとしたとき、石造りの床の一辺が、不自然に盛り上がっていることに気づいた。俺は警戒しながらも、その盛り上がりに触れると、どうやらそれは突起のようだった。指をひっかけるくぼみがあり、上に開く作りになっているようで、少し持ち上げようとすると、ガタガタと床が震えた。

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