26

(地下室……?)


 ここまで手の込んだ隠し地下室を用意するとは、この家の主人は、相当用心深い性格だったようだ。俺は指に力を入れた。重たい石の感覚が伝わり、それを一気に持ち上げる。埃は立たなかった。頻繁に出入りしていたのか、それともまだ中に、誰かがいるのか……。

 床板を上げきると、そこには正方形の、地下へ繋がる暗い穴が現れた。奥は見えなかった。階段が深くまで続いており、明かりが設けられていない通路は、どこまでも闇が続いていた。


「今の音はなんだ?」


 音を聞きつけたリズレッドが、ロビーから駆けてきた。俺は彼女にことの顛末を話すと、そこへ潜っても良いか訊いた。ここまで厳重な地下室を設けるということは、それだけ隠しておきたい何かがあるのかもしれない。部外者の俺がそこに立ち入るのは、失礼な気がしたのだ。リズレッドに確認を取ったところで同じことなのだが、同じエルフである彼女に伺いを立てるのが、せめてもの礼儀だと思った。


「そうだな……無用な捜索は故人への侮辱になるが……事態が事態だ、ここは中に失礼させてもらおう」


 そう言うと壁に備え付けられていたランプを外し、俺に手渡した。


「俺が先頭で良いのか?」

「ああ」


 応える彼女の顔が少し引きつっているのが気になった。やはり国外の人間が他人の家に足を踏み込むのは、良い気がしないのだろうか。だが階段を降りるうちに、俺の思惑とは少し様子が違うことに気付く。普段は堂々とした佇まいの彼女が、今は背を丸め、なにかに怯えるように後ろをついてくるのだ。しかもあろうことか、俺の袖まで掴んでいる始末だった。

 その感じに、昔、クラスの女子とホラーハウスに入ったときのことを思い出した。高校の修学旅行で同じグループになった女子と、当時SNSで人気を博した、最恐と名高いホラーハウスに入ったときのことを。

 あのときも普段は俺のことを馬鹿にしている(もちろんお遊びとしてであり、仲はそこそこ良かった)女子が、そこに入った途端に怯え出し、こうして袖を掴んできたのだ。彼女の意外な一面を見たことと、力関係が逆転したような状況に、恐怖とは違うドキドキを味わった。状況こそ違うが、今もまさに、そんな感情が俺の心の底から湧くのがわかった。


「なあリズレッド……」


 そうするとちょっとした悪戯心が芽生えるのが、年頃の男子というものである。リズレッドが「な、なんだ……?」と、明らかに上ずった声音で応えてくる。俺はさも重要なことであるように、声を低くして訊いた。


「……ひょっとして、暗いところが怖いのか?」

「ッ!」


 後ろにいる彼女の気配が跳ねた。やはり図星だったようだ。


「……べッ、別に怖いわけじゃないッ! 視界の悪い通路が苦手というだけだッ!!」


 必死に袖を引っ張ったり戻したりしながら、激しく抗議する彼女に思わず笑ってしまった。


「あー、うん。わかった。ソウダネー」

「明らかに信じていないだろう!?」


 それからリズレッドは、戦士にとって暗闇がどれほど危険な場所かを、丁寧に兵法まで引用して説明し始めた。俺は面白くなり、生返事を返しながら足早に階段を降りると、彼女もそれにぴったりとくっついて降りてきた。そしてタイミングを合わせてわざと大声を上げると「きゃあ!?」という、およそ今までの彼女からは想像もつかなかったような可愛らしい悲鳴が漏れ、抗議の声はさらに強くなった。


「や、やめろと言っているのだッ!?」

「あはは、悪い悪い。でもゾンビは平気なのに、暗いところは苦手なんだな」

「相手が視認できるなら斬れば済む話だが、暗いところは、何が潜んでいるかわからないではないか!」


 中々物騒な物言いに、少し恐怖を覚える。そうか、視認できれば物理で殴る系の女の子だったか、リズレッドは。


「じゃあスピリットとかゴースト系は?」

「やめろ!! その名前を出すな!!!!」


 ゾンビはオーケーだけど、心霊系は苦手。俺は心のメモにしっかりと書き記した。さしずめ洋画ホラーは平気だが邦画ホラーは苦手、みたいなものだろう。リズレッドといつか映画を見れるなら、90年代の古典ホラーを鑑賞したいと思った。あの出てきそうで出てこない、襲ってきそうで襲ってこない、粘性の高いホラーを観せて、どういう反応をするのか見てみたかった。

 そんな楽しいひとときを過ごしていると、長かった階段の終点が見えた。

 行き止まりには粗末な木の扉が一枚、ぽつんと俺たちを待ち構えていた。ノブに手を触れて、ゆっくりと回す。するとそこには、


「うわ……」

「これは……」


 二人同時に驚嘆の声を上げた。

 扉を開けた先は長方形の部屋だった。だいたい十二畳くらいの大きさの、手頃な地下室といったところだ。だがそこに並べられている品々が問題だった。


「これ……明らかに普通の人が手に入れられるような物じゃないよな?」

「うむ……」



 装飾研美な剣や、宝石が散りばめられた鎧。一目でわかる価値のある装備品の数々が、ところ狭しと並べられていた。


「おそらく、他国から流れてきた宝剣や祭具の類を、違法に横流ししていたのだろう。一般人の家にしては家具が高価なものばかりだと思っていたが、どうやら密売や密輸を行っていたらしい」

「エルフって、あまり他国と交流しないんじゃなかったっけ?」

「嘆かわしいが、中には自分の懐欲しさに、そういう違法に手を染める者もいるのだ。私が生前に見つけていたら、即座に徴収と逮捕状を突きつけてやったのだが……」

「……今はもう、あの世に逃げきったみたいだな」


 そう言いながら、お互い同じところに目を向ける。部屋の奥、石の壁にもたれるようにして眠る、一つの遺体に。


「あれがここの主人だよな」

「間違いないだろう」


 その遺体は、今にも起きて話し出しそうなほど、全くの無傷だった。本当に眠っているようにも見えるが、纏う死気がその可能性を否定していた。俺はここで何があったのかを確かめるために、遺体に近づいた。ホラーの定番なら、ここでゾンビとなり襲ってくる場面である。注意しながら距離を詰めると、遺体の手に一枚の紙切れが握られていることに気づいた。それを恐る恐る取り上げる。幸い、取った瞬間に動き出すようなことはなく、ほっと胸を撫で下ろした。

 紙切れは手紙のようだった。俺はリズレッドの隣まで戻ると、それを読み上げる。

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