27
『もうだめだ。ここまで逃げ込んできたが、そう長くはないだろう。私はじきにゾンビとなる。だがあのような醜悪な存在に堕ちるのは御免だ。私はここで、自らの命を断つことを決めた。最後に見る光景が、自慢のコレクションたちであったことだけが、唯一の救いだろう。
もしこの手紙を読む者がいれば、どうか私たちをそっとしておいて欲しい。その代わりと言ってはなんだが、赤い宝箱の中に入ったローブを譲る。私が手に入れたものの中で、唯一、実用性がある装備だ。他の武器や防具は、装飾品としての意味合いが強く、実戦では役には立たないだろう。
頼む。誰かこの国に、再び安寧を取り戻してくれ。今まで様々な法外に手を染めたが、この国を愛していたのは本当だ。歴史ある我が国を、あんな化物どもに渡してはならない。ゾンビを使役するドラウグルを倒すことだけが、この国を解放できる唯一の方法だ。
……そろそろ、意識が遠のいてきた。最後のときだ。さらばだ我がコレクションたち。さらばだ、我が人生。エルダー神国に栄光あれ』
手紙はそこで終わっていた。
最後まで読んで、彼をどう判断して良いのかわからず、頭を掻く。
「なんだか、最後の最後まで自分のコレクションを愛した人だったけど、一応愛国心もあったんだな」
「有り体に言えば、勝手な男、というやつか」
「はは、手厳しいな」
容赦ない一言に苦笑しつつ、もう一度文面に目を走らせた。
「……でも気になるな。ドラウグルって奴、一体何者だ?」
「手紙から読み取ると、こいつがゾンビとなったエルダーの人々を操る司令塔のようだ。アモンデルトにばかり気を取られていたが、まだ厄介なのが入り込んでいたか……」
「……あんなのが、まだこの国にいるのか」
「いや、そうと言い切るのは早計だろう。事実、城下町に魔王軍は残っていなかった。やはり私の読み通り、帰還命令が出たのだろう。だとすれば、ドラウグルという魔物も、撤退した可能性がある」
「そうか……そうだな。それに俺たちの今回の目的は、あくまでも王を斬ることだもんな。そいつがもしまだ残っていたとしても、無理に戦う必要はない、か」
「ああ、そういうことだ」
リズレッドはそう言うと、手紙から目線を外した。そして遺体にゆっくりと近づき、静かな声音で告げる。
「……お前の行ったことは、決して許されることではないだろう。だが今はあえて、貴殿を同胞と認めよう。そして約束する。この国を必ず取り戻すと。だからあの世で、しっかりと罰を受けるが良い」
黙祷のあと、俺たちは手紙に記されていた宝箱を探した。それは部屋の隅にぽつんと置かれ、他の絢爛豪華なコレクションに比べると、あまりに寂しい扱いに思えた。この人、よっぽど装飾品として価値しか装備に求めてなかったんだなあ。
中を開けると、黒色のローブが綺麗に折りたたまれて保管されていた。触れると、吸い付くような手触りの良い生地と、しっかりと縫製された、確かな品質が伝わる。俺は《鑑定眼》を使用した。
《黒妖精のローブ 装備条件:魔導系の職Lv15以上 DEX+50 MND+30 効果:魔法ダメージを10%軽減 魔法の習得速度10%アップ》
「黒妖精ってなんだ?」
「ダークエルフ……大昔に我らエルフと袂を分けた者たちだ。まさか彼らの作った装備品が流れ込んでいたとは……」
「どうする? 捨てたほうが良いか?」
「……いや、使えるものなら、今は何でも使いたい。その防具も、きっとこれからの戦いに役立つだろう」
「わかった。……と言っても、魔導系の職業しか装備できないみたいなんだよなあ」
「試しに着てみてはどうだ?」
「え、着れるのか?」
「駄目だったら、能力値の向上や効果が現れないだけだ。普通の服としては着れる」
「なるほど……そういえばリズレッドの剣も、レベル1の俺が普通に持てたもんな」
「いや、この剣はまた特殊で……ううん、この話はまた今度にしよう。とりあえず着るだけでも、布切れとしての防御力くらいなら発揮できると思うぞ」
「ふうん。それじゃあ、着るだけ着てみようかな」
そう言って、《放浪者の服》を脱ぐと、《黒妖精のローブ》に袖を通した。着た瞬間、なにかが噛み合うような、不思議な感覚が起こった。滞りなく力が流れるような、説明し難い感覚だった。だが俺は。それがこの服に選ばれたという事なのだと理解した。
「なんか、上手くいったみたいだ」
「……驚いたな。ナイトレイダーは剣戟職しか装備できないのだろう?」
腰に差した純黒の剣に手を起きながら、応えた。
「ああ」
「……ではラビは、剣戟と魔導の、両方の装備品を扱えるということだ。素晴らしい力だぞ。神から、とても稀な職を神託されたのかもしれないな」
「はは、そう言ってもらえると、あのとき頑張った甲斐があるな。《断罪セシ者》っていう職なんだけど、何か知ってる?」
そう告げると、途端にリズレッドはぎょっとした顔になった。
「人前で話すなと、あれほど言っただろう!?」
「いいよ別に。だってリズレッドは、もう他人じゃないだろう?」
別にここまで来て彼女に隠す理由もないので、あっけらかんと言った。リズレッドはなにやら言いたそうな顔をしながらも、しぶしぶ頷いてくれた。
言いつけを破ったことを怒っているのかもしれないが、教えても良いと思えてしまったのだから、仕方がない。
「……はあ。なんだか、調子が狂うな」
「そうか?」
「……だが本当に、私以外の人前では話さないでくれよ」
「オーケーだ。というか、リズレッド以外に話す気なんてないさ」
「……なら良いのだが」
リズレッドはそう言うと、空咳を一つしたあと、本題に移った。
「それで《断罪セシ者》……だったか? すまないが、そんな職業は聞いたことがないな。下級職ではおそらくないだろう」
「え? ということは上級職なのか?」
「……上級職でも、そのような名の職業は聞いたことがない。正直、この世界に初めて現れた職業と言ってもいいかもしれない」
それを聞いて愕然とした。世界に一つだけの職業を神託されたことは嬉しいが、どう成長方針を定めれば良いかわからないという不安があったのだ。手探りで価値を見極めていくしかない状況は、すでに文献が残されている職業を神託された他のプレイヤーから、大きく遅れを取ることになる。
「なんだか、大変な職業をもらっちゃたみだいだな……」
「そう落ち込むな。確かに難儀ではあるが、それだけ可能性に満ちているということじゃないか。その証拠に、君はこうして《ナイトレイダー》と《黒妖精のローブ》を装備できている」
「……そっか、そうかもな。ありがとうリズレッド、ちょっと元気出た」
「ふふ、事実を口にしたまでだ。それにしてもラビがそんな特殊な職業を神託されていたとは……《異級職》……とでも言えば良いのだろうか」
「《異級職》かー。強いのか弱いのか分かり辛いけど、名前はかっこいいかもな」
リズレッドの言葉で気持ちが軽くなった俺は、改めて自分の装備欄を確認した。
《E ナイトレイダー》
《E 黒妖精のローブ》
《E 流浪者のズボン》
《E 流浪者の靴》
《E 流浪者の手袋》
初期装備がいまだに残っているのは心許ないが、それはプレイヤー全員に言えることだろう。今は足りないものを求めても仕方がない。前に進むことだけを考えよう。
この先さらに激化するであろう戦いを想像しながら、俺は新しく装備した《黒妖精のローブ》を強く握りしめた。
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