28

 新たな装備を手に入れた俺たちは、気分を改めて、城へ続く道を最速で進んだ。ゾンビの群をときには倒し、ときには避け、走り続けること二時間――。


「……やっと、ここまで辿り着いたな」


 俺たちは、目的地であるエルダー城を眼前に捉えていた。

 入り組んだ街中とは打って変わり、広々とした敷地には前庭が設けられており、まるでガーデンパークのような景色に、思わず目を奪われる。


「まさかこんなに早く、ここへ帰ってくることができるとは……」


 リズレッドの感慨深げな呟きを聞きながら、前庭へ足を踏み入れた。よく整えられた芝が、さくさくと小気味好い音を立てて歓迎してくれた。

 ずっと狭い路地を走り続けていたせいで、すっかり肩身が狭くなっていた俺は、あまりの開放感から、ここが敵地であるというのも忘れて、大きく背を伸ばす。


「っっはーーーッ! 想像はしていたけど、さすがエルフの本拠地だな。すごい綺麗だ」


 前庭は芝や樹木が視界いっぱいに広がっており、その緑の中に、すうっと伸びた白磁色の石畳が、一直線に城まで視線を導いている。

 城は同じく白磁色の石造りとなっており、何本もそびえ立つ天守が、その威容を遺憾無く発揮していた。

 国家の要となる場所だけあり、城の周りは水を張った堀と、高い城砦が見えた。おそらく地上からここを攻略するのは、防衛システムが働いているならば、ほぼ不可能だろう。アモンデルト率いる航空部隊さえいなければ、もしかすると国の運命は違っていたのかもしれない。

 今は崩れ落ちてしまった亡国の砦を前にして、その酷薄さに感嘆の念が湧いた。


「ふふ、そう言ってもらえると私も嬉しいよ。これも私の全力について来てくれた、ラビのおかげだな」

「よく言うよ、本当はもっと速度を上げれただろ?」

「このあとの戦いを考えれば、あれが全力さ。さあ、早く行こう」


 リズレッドはそう言うと、案内でもするように城までの道を歩き始めた。

 俺はそんな彼女の後ろ姿に、改めて感心した。全力ではないにしろ、かなりの速度で走り続けてきたのは事実だ。しかし彼女は息も上がっておらず、汗もじんわりと滲む程度のようだった。現実世界の俺では、絶対についてくることができない速度だったというのに。


「召喚者の体に感謝……か」

「ん? なにか言ったか?」

「いや、もっとスタミナつけなくちゃなあと思ってさ」

「??」


 冗談を飛ばしたあと、一呼吸を置いて、リズレッドに目配せした。頭の上に疑問符を浮かべていた彼女も、それで一気に戦いの顔付きへ変わる。

 ここを走り抜ければ、そこはもう敵の手に落ちた本城だ。ドラウグルという奴がいないにしても、城下町とはレベルの違うゾンビが徘徊していることは間違いない。絶対に作戦を成功させる。お互い、その意思を込めての目配せだった。

 周囲に敵がいないのを確認し、一気に走り抜けた。陥落した城は、信じられないほどあっさりと、俺たちを桟橋の門まで迎え入れてくれた。だがそこには、


『オ゛オ゛ォォォオオオ……』

『オ゛ォオ……、オ……』

『オオ……オ、オオ……』


複数隊のゾンビが密集し、城への入り口を塞いでいた。


「邪魔だぁぁぁあああーーーー!!!!」


 そのまま走りつつ《ナイトレイダー》を抜き、攻撃する。『グェガッ』という断末魔とともに、一刀のもと首を切断する。リズレッドが少しだけ驚いた顔をしていた。なにせ先ほどまでは、最低でも二撃を与えなければ倒すことはできなかったのだ。レベルが上がった訳でもないのに攻撃力が上がったことを、不思議に思ったのだろう。

 だがこれは俺自身が成長した訳ではない。新たに装備した《黒妖精のローブ》の効果で、MNDがプラス30されている。その上乗せ分が、こうして結果として現れたのだ。


「やるじゃないかラビ!」


 リズレッドも負けじと剣を振るった。軽やかな風切り音とともに、薄い剣筋が幾重にも重なって見えた。何回斬ったのかすらわからなかったが、次の瞬間にゾンビ六体が、同時に胴体から両断され、桟橋の上に崩れ落ちた。思わず口笛でも吹きたくなる光景だったが、今は一目散に、前へ、前へ。

 そして俺たちは、がら空きとなった門に、勢いよく滑り込んだ。



《エルダー神国・エルダー城》



 ウインドウが表示され、ついに目的地にたどり着いたことを知らせてくれた。


「ここが……エルダー城……」


 見回すと、まずは大きなホールのような場所が、俺たちを出迎えた。外見同様に石造りの堅牢さで、門を抜けてここに到達した侵入者用であろう、弩弓が両脇に設置されていた。

 左右前方には二階に上がる大階段が備え付けられており、天井にはシャンデリアがきらきらと光っている。ゲームの世界でよく見る城内そのままの景色に、思わず感動を覚えた。


「すごい……本当に城だ」

「変なことを言うな。城くらい、どこの世界にもあるだろう?」

「あー、うん。それについては、またあとで」

「?」


 ALAに生きる人間からすると、城は要人を守る絶対必須の拠点だ。現実世界ではすっかりその役割を終え、過去の遺物となっているなんて知ったら、どんな顔をするのだろうか。だが考えようによっては、国会議事堂やホワイトハウスは、現在における城と言えなくもないか……。

 そんなことを考えていると、早速、どこからともなくゾンビの呻き声が聞こえた。


『『『オォォォオオオ……』』』


 侵入者の気配を察知し、そこかしこで唸りを上げているのだ。姿は見せないが存在を示す声を聞いていると、この城にどれだけの愚者が彷徨っているのかと思い、ぞっとさせられる。

 リズレッドに訊くと、ここには通常、王やその家族、さらにその下に家令、司祭、侍従、侍女などを含めた、総勢百人ほどが定住していたらしい。そして騎士はその内、二十名ほどが席を置いていたとか。


「これだけ広い城なのに、二十人しか騎士が住んでなかったんだな」

「城はあくまでも政治を執り行うための軍事施設だからな。人が居住するスペースというのは、基本的にあとに回されるんだ。だがここに住んでいないだけで、近隣に家を構えて、ここへ務める者は大勢いたぞ」

「へえ。それじゃあここで定住している人たちは、それだけ凄い人たちなんだな」

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