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だが『血濡れの姉妹』という、二人ではあるが名の知れたクランとソロで同盟を結んだという事実が、その認識を変えさせていた。事実、掲示板の書き込みは最初の頃からは考えられないほど、俺に対して好意的になっていた。
そんな熱狂のなかで一夜が明け、そうとは知らずにだがプレイヤーナンバーを公表した俺の書き込みによって、匿名の人間たちはさらに大きく湧いたのだ。
そして、待ち望んでいた人たちが現れた。
《ヴィスという名前でプレイしてるもんだ。オレもアラクネの巣から抜け出せずに困ってる。なんなら脱出計画に力を貸すぜ。血濡れの姉妹がいるなら、あんな蜘蛛の巣なんて簡単に引きちぎれるってもんだ》
《僕もいまさらですが参加しても宜しいでしょうか。名はエイル。勘違いされがちですが、男です》
なんと二人もの囚人仲間が、ほぼ同時に書き込みを行い、参加表明をしてくれたのだ。実力が折り紙つきの姉妹の参加が、燻っていた他の奴らに決断する決め手を与えたのだろう。俺は急いでレスをすると、ヴィス、エイルと話し合い、向こうで落ち合う時間を決めた。あの監獄に捕らえられて十二日目にして、ようやくあの禍々しいアラクネと、その子供たちに一矢報いる力が集い始めた瞬間だった。
再びリズレッドに会える未来がおぼろげだが見え始めたそんなとき、手に握ったボードが鳴動した。
ポップアップが画面上部から滑りこみ、個人チャットを受信したことを告げた。タップすると昨日と同じようにALAアプリが開き、ルームが展開された。差出人は麻奈だった。
そこには彼女らしくもない重苦しい雰囲気で、こう書かれたメッセージがぽつりと記されていた。
《ちょっとマズいことになったかも》
◇
「いやぁ、これはちょっとマズいかも」
いつもは飄々としているマナが、珍しく笑顔を引きつらせてそう呟いた。彼女たちの周りには轟々と燃え上がる火炎の弾や、冷気をまとった氷槍が、命を奪うために数えきれない雨あられとなって降り注いでいた。
「マナは下がれ! この数と威力では、君の魔法では太刀打ちできない! アミュレ! 後ろから回復魔法で援護を頼む!」
召喚者のマナと僧侶のアミュレの盾になるようにリズレッドは前へ飛び出すと、握った白剣を大きく振り上げながら叫んだ。
「《威圧の剣風》ッ!」
弧を描いて振るわれた剣から衝撃が繰り出され、雨粒のごとく降ちてくる魔法をなぎ払った。百メートルほど先に陣を構える魔物の群が、それに怯むことなく続々と次弾を放出する。リムルガンドの荒野に突如展開されたその戦闘は、瞬く間に加熱し、まるでそこにある岩々を砕きつくしてしまうのではないかというほどの苛烈なものへと展開した。
「怯むな。敵は三人。しかも一人はまだ未熟な召喚者だ」
魔物だというのに恐ろしく統率の取れた行動とともに、先頭に立つリザードマンが冷静に告げた。
「まさか魔王軍の部隊クラスが、すでにこんなところまで展開していたとはな……っ!」
対するリズレッドは、苦虫を噛み潰すような表情でそれを睨み据えた。
「まだMPには余裕があります! このまま後退して、一旦退却しましょう!」
撃ち損じ、剣風から漏れた魔法に被弾したリズレッドにヒールを唱えながらアミュレが提案する。
それもそのはずだった。数があまりにも違いすぎるのだ。遠距離のため敵の総数が何体なのか視認するのが難しいが、彼女の索敵スキルなら、それを正確に把握することができた。その数、実に五十。完全に全員で一つの戦力となるように訓練された集団だった。
対するこちらはたったの三人。しかもアミュレとマナはまだレベルも低く、攻撃を弾くことはおろか、避けることも難しい。古から続いたエルダー神国の副騎士団長を務めたリズレッドが盾になってくれなかったら、いまの攻撃で全滅していたのは目に見えている。しかもそんなリズレッドでさえ、魔法の集中砲火を一人で耐え続けるなど長く持つはずがなかった。
となれば、癒術を扱うことができるその少女が取るべき最適解は、自分たちを守ってくれるエルフの騎士に回復魔法をかけつつ、全力で後ろに逃げることだった。しかしそれを、マナが警告した。
「でもこのまま下がったら、あいつらをウィスフェンドまで引き込むことにならない? 正直、これ以上あの街に厄介ごとを持ちこむのはおすすめしないよ」
少女はその助言を受けて、唇を噛んだ。警告を発したマナにではなく、そこに咄嗟に思い至らなかった自分への苛立ちだった。
その通りだった。不可抗力とはいえ眼前の魔王軍を刺激して、部隊をこの地に呼び込んだのはラビであり、自分たちは彼の仲間なのだ。そんな自分たちが、今度は戦火に襲われた城塞都市に火を持ち帰ったなどとあれば、どんな対応を取られるかなど、考えるまでもない。
ウィスフェンドは高い山々に囲まれた盆地の中央に創られた街で、外界へ比較的安全に出ることのできるルートは一つしかない。おそらくいまは、魔王軍により塞き止められているだろう。街から孤立することは、すなわち敵が満ちた荒野に放り出されることを意味していた。
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