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「敵の主戦力は近距離兵のみだ。このままファイアとフロストランスで叩き伏せろ」


 敵の指揮官は彼女たちの構成と力量を見定め、判断を下した。

 それに対してリズレッドは不敵な笑みを浮かべると、


「ほう、この私を前にして、そのような選択を取るか」


 途端、そのエルフが立つ地面に、魔法陣が展開された。一定の魔力を秘めた者だけが放出することのできる、マナの平面結晶体だった。赫々かくかくと光る幾何学な模様を目の当たりにした魔物の群がざわめいた。


「――あのエルフ、ただの戦士ではない!?」


 しかしそれに気づいたときには遅かった。五十から成る団体が放った総攻撃の魔法に勝る、驟雨のような焔が、上空から数えきれないほどの尾を引いて、自分たち目掛けて降下するのが見えた。


「フレイムレイン。貴様が近接兵と判断した相手が放った魔法だ。存分に味わってくれ」


 その言葉を皮切りに、地平が赤く染まった。アミュレは驚嘆して、思わず口をあんぐりと開けた。こちらまで伝わる熱風に畏怖の念すら覚えた。相手の気配を察知するスキルが、敵陣地から次々とそれらが消えていく様を少女に報告する。


「こんなに……強かったんだ……」

「いやあ、もうリズさんは怒らせないどこ」


 口から素直な感想がこぼれ落ちるのと、隣にいる召喚者が、青ざめた顔でそう呟くのは同時だった。マナなど、いつの間にか『リズレッド』から『リズ』に言い換えているにも関わらず、改めて眼前に立つ女性の力量を知り、口元がひきつっていた。


 リズレッドは自らが焼き尽くした敵軍を眼前に取られ、骸が炭へと変わる様を、いささかの油断もなく見据えている。

 マナとアミュレは息をのんだ。思えば、彼女がこうして前線に立って戦う姿を見るのは、これが初めてだった。パーティを組んでからというもの、たしかに幾度となく戦闘をともにしたが、パーティを結成した際に言い添えた通り、リズレッドは攻撃よりも、どちらかというとマナやアミュレの壁役に軸足を置いていた。なので、あれほどの大魔力を消費する魔法を詠唱した姿など、もちろん見たこともなかった。


 すでに消し炭となった相手の将ではないが、彼女は剣による近接戦闘が主であり、遠距離魔法をあまり得意としていないのだろうというのが、二人の共通認識だったのだ。だがそんな考えは、大きな勘違いであった。単純にこの地域に出現する敵程度では、彼女が本気など出す必要がなかったというだけだったのだ。


 燃え広がった炎があらかた鎮火し、そこに黒炭となった魔物の成れの果てが転がっているのを確認すると、ようやくリズレッドは構えを解き、剣を鞘に収めた。


「ふう、なんとか片付いたようだな。ここもだいぶ敵の勢力が多くなってきた。いままで以上に気をつけて――って、どうした二人とも」


 戦闘状態を終了させ、マナとアミュレに歩み寄る途中で、リズレッドは目を丸くさせている二人に疑問を抱き、首をかしげた。いち早く我に戻った少女がぴょんと跳ねるように走り出し、


「リズレッドさん、お疲れさまです! あの第軍勢を前に、ここまであっさり勝負を決められるとは思いませんでした!」


 そう賞賛した。絶体絶命の危機がなんのことなく終わったことに、少し興奮しているようだった。それに対しリズレッドは、あくまでも冷静に応えた。


「いや、事前に敵の位置をアミュレが教えてくれたから、万全の心構えで挑むことができたんだ」

「でも索敵できたただけで、戦闘を回避はできませんでした」

「おそらく相手型にも索敵スキルを持った奴がいたんだろうな。遠距離攻撃に長けた連中だったようだし、ああなっては会敵は避けられないさ。それにあの程度なら、まだ遅れなど取らない。敵軍の将も、だいぶ私を過小評価してくれていたしな。このままラビの位置を把握できるまでそうであってくれると助かるのだが、難しいだろうな」


 二人の会話に、マナが割って入った。


「でも、リズさんの情報を漏らすような魔物は、もういないんじゃない? ほら、あれ見てみなよ」


 人差し指で示した先には、いまだ焦げ付いた音を放つ炭の山があった。隣の少女もこくりと頷き、それを肯定する。

 少なくとも彼女のセンサーは、敵対したすべての気配が、残らず消滅したことを伝えていた。しかしリズレッドはそれでも慢心せず、常に敵はどこかで自分たちを見ているのだと言いたげに、ゆっくりと答えた。


「たしかに会敵した敵はすべて倒した。だがその結果、後ろに控えた魔王軍の本陣には、一個小隊全滅の情報が即座に流れるだろう。なにせ定時報告の時間に、誰も戻ってこないのだからな。敵はより警戒を強めるだろうし、エルフがここにいるという目撃例が向こうに渡れば、自ずと私の名が上がるはずだ」

「リズさんは魔王軍でも名を知られてるの?」

「エルダーは最も古い時代から魔王と戦っていた国だからな。私も剣を取った日から、幾度となく奴らと顔を突き合わせてきた。いい加減、向こうもうんざりしているだろう」

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