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 誇らしげに胸を張るリズレッド。

 次に踵を返してマナを見ると、先ほど彼女が取った戦術について意見を述べ始めた。マナは明らかにうんざりした顔をあらわにした。彼女とパーティを組んでからというもの、戦闘が終わるたびにこうしてブラッシュアップを行うのが、パーティの恒例となっていた。リズレッドの態度から見て、今回はそうキツく詰められるほどではないだろうということも、いまでは直感で理解できるほどである。


 パーティを組んだ当初は、まさに『スカーレッド・ルナー』の名に恥じないスパルタぶりだった。マナはここに来るまで、もっぱらソロで気ままに旅をするスタイルであった。そのため動きや戦術に無駄が多く、副団長だったリズレッドの格好の餌食にされたというわけだ。まるで磨く箇所はいくらでもあるのだという風に、マナは何度も半分泣きそうになりながら講義を受けた。


 そりゃゴールドランクにもなるわ。


 翔とのチャットでそう告げると、彼は苦笑いを浮かべたアニメキャラクターのスタンプで返してきた。

 そんな思いをよぎらせていると、リズレッドは人差し指を立てて、


「最初の一撃目でファイアを使ったのは、失策だったな」


 そう言い放った。

 どうやら初手で大きく目を引く火炎魔法を放ったのが、悪手だったと言いたいらしい。マナは唇を尖らせながら意見を述べた。


「えーっ、でもリズさんだってフレイムレイン撃ったじゃん」

「あれは敵の技量を把握した上で、一撃で葬ることができると判断したから使ったまでだ。炎魔法は威力が高い分、放つのに時間を必要とするものが多い。相手の素性がわからない状態で会敵一番に撃つのは、あまりおすすめしない」

「うーん、でも詠唱時間が長いなら、なおさら初手で撃ったほうが良くない? そのほうが安全だし、倒せないとしてもダメージは与えられるでしょ?」

「それは無限の命を持つ君たちだからこそ成り立つ戦術だな。私やアミュレは、当たりどころが悪ければ一撃で致命傷を負う可能性だってある。そんな状態で、一斉に闘争心を掻き立てるような魔法を小隊に放てば、どうしたって防御の手が回らなくなる。それに、炎魔法にはもう一つ、大きな弱点があるのだ」


 マナは首を傾げて、答えがわからないことを態度で示した。

 リズレッドは、自身の経験から来るその弱点を、まだ幼い魔導師に告げた。


「火は闘争心の具現化だ。命ある者はネイティブでもモンスターでも、燃え上がる炎によって、心に熱を与えられる。燃え上がった心の火はそう簡単には消えない。だから私は好んで炎魔法を習得したのだが……敵にも火を点けてしまえば、大変なことになる。まさに先ほどのようにな」


 マナはそこで、自分に向けて降り注ぐ無数の魔法の群を思い起こした。

 たしかに魔法を放った途端、起爆するように一斉に向こうが迎撃行動を取ってきた。あれは自身が放った炎によって、集団に統一された意思が生まれてしまったからからなのだと、リズレッドの言葉で初めて気づいた。

 今回はうまくしのげたが、もしネイティブである二人になにかあれば、最悪もう二度と彼女たちと会うことができなくなってしまう。そうなれば現実世界で待機している翔がどんな顔をするか。

 マナは頭を掻きながら訊いた。


「たしかに、言われてみればあのピンチは私が引き起こしたものだね、ごめん。でもああいう場合は、どうすれば良かったの?」

「相手が多く統率が取れた集団のときは、リーダーを確実に仕留めるのが一番だ。それができなければ、隊から分断する方法を取るのも良い。君はウインドスライサーを使えただろう? 風魔法は威力は低いが、連発ができてなにより目視しにくい。それを使って、あの、私を盛大に見くびってくれた指揮者を討つのが最善手だっただろうな」


 彼女の語調が、心なしか憮然としていることにマナは気づいた。そして口元に手をやりながら、潜むような笑いを浮かべた。


「おやおやリズさん、実は実力を過小評価されたことに、ちょっと怒ってる?」

「べ、別にそんなことはないが……っ」


 リズレッドは騎士として幼い日からエルダーに仕えてきた身上から、戦闘技術には密かなプライドを持っていた。短いパーティ付き合いだがそれを見抜いたマナは、責められるだけでは不服だと言わんばかりにそれを突き、からかって遊び始める。


 先ほどまでフレイムレインの威力に青ざめていたというのに、もうそれを忘れたように、悪戯心に火をつけているのだから、彼女も相当な胆力の持ち主である。しかも横にいるアミュレも一緒に笑い、重苦しい空気を吹き飛ばしてしまった。


 リズレッドは再び二体一の状況に追い込まれて、ふい、とそっぽを向いてしまった。


「そ、それよりも、ラビとの約束の時間には、ちゃんと間に合うんだろうな」

「はいはい大丈夫大丈夫。愛しのラビくんとの約束の時間までは、まだ三十分以上も余裕があるよ。なんならその辺の雑魚モンスターを狩る時間だってあるくらいね」


 その言葉で、ついに彼女は顔を真っ赤にさせた。

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