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《……『血濡れの姉妹』の弔花です。ラビさんと話して、このたび彼と同盟を結ぶことにしました。信用できない人はこちらまで直接メッセージをください 9536102》


 そしてそれに追随するように、


《『血濡れの姉妹』の鏡花ですわ。同じく、本日から私もラビと同盟を結びます。ただしどちらが盟主ということはない、完全にフラットな力関係であることを強く主張いたします。もし私の言葉が信じられないというのなら、9536101までメッセージを送りなさい。ただし、それなりの覚悟をお願いいたしますわ》


 閑散としていたスレッドに、突然手榴弾を放り込むようなメッセージだった。

 俺は思わず唸った。まさか彼女たちが、自分のプレイヤーナンバーを提示してまで表明を出すとは思いもしなかった。それだけ、この七桁の番号は重要なのだ。


 ALAアプリからプレイヤーを検索するには、このナンバーを打ち込むしか方法がない。名前などで簡単に検索されてしまえば、遊び目的のプレイヤーから無用の被害を、何度となく受けるかもしれない。それを考慮した上での運営が定めた仕様だった。


 そしてこれこそが最大の理由なのだが、不特定多数の人間に開示するのは、単純にリスクが大きいのだ。

 二〇四六年の現在は、発達した情報技術と、それを推進する教育方針により、運営の設置した壁を乗り越える連中が多く存在する。いわゆるハッカーという連中だ。奴らは家さえ特定できれば盗めないものはなのだと言うように、己のピッキングの力を誇示するように、サーバーに置かれているものなら何だって、根こそぎ奪っていくのだ。


 だからこそ、プレイヤーナンバーは現実の住所と同じくらい重要で、第三者へは絶対に秘匿すべきものだった。俺がスレッドを立てて自らをラビだと証明しようとしたときも、このナンバーの提示だけは避けた。だというのにこの姉妹は、そんな気苦労など知らぬ顔で、堂々と明かしているのだ。


 それは、彼女たちから俺への挑戦状のようにも思えた。私たちはここまでやった。あなたはどこまで本気なの? という意思が、言葉にせずとも伝わってきた気がした。


 俺は息をのみながら、それを受けるかどうか考え、決断した。


《前のスレッドで鏡花と弔花が話してた通り、俺は昨日、二人と同盟を結んだ。もう前スレでラビ本人だと証明できたと思うけど、二人にあやかって俺もプレイヤーナンバーを開示する》


 これが血濡れの姉妹と付き合うということなら、受けて立ってやる。その先にリズレッドがいるというのなら、望むところだ。

 そして俺は、自分のナンバーを掲示板に書き込んだ。


 そのあとは、面白いほどにプレイヤーからの友達申請が届いた。どれも会ったことのない他人ばかりだったが、もしかしたらBBSでは名乗りづらかった囚人仲間が、直接メッセージをくれたという可能性もあるため、律儀にすべてに許可を出した。

 しかし期待に反して、その中には仲間はいなかった。――しかし、そう落胆することもなかった。


《ナンバーまで晒すなんてすげえな。最初は面白半分で見てたけど、本気で応援させてもらうぜ。同じALAの召喚者同士だしな!》

《こんにちは、はじめまして。僕はシューノ監獄で、あなたに救われた者です。あのときの嫌な空気はいまでも覚えています。そしてそれを払拭してくれたラビさんのことも。僕にとってALAは、もうなくてはならない世界です。こんな素晴らしい世界を、あんな出来事で早々に去らずに済んだのはラビさんのおかげです。掲示板では言い出しにくかったけど、応援しています。がんばってください!》


 匿名掲示板ではかけられなかった言葉を、次々にかけられた。中には手助けができない自分が不甲斐ないといった謝罪さえ行うプレイヤーすらいた。名前を伏せていたプレイヤーが、自分が誰かを明かしてメッセージを打ち込むとき、そこには生の感情が込もるのかもしれない。

 少しだけ胸が熱くなっていると、匿名掲示板のほうでも変化が起きていた。昨日の深夜から書き込まれた、未読のレスから目を通す。


《血濡れの姉妹と同盟ってマジか》

《え? ひょっとしてラビって凄い奴なの?》

《さすがにプレイヤーナンバーまで公表されたら嘘判定もできんわ》

《まあ俺は最初からわかってたけどな。なんたってザ・ワンだぞ》

《リズレッド嫉妬プレイヤー息してるー???》


 どうやら鏡花と弔花の知名度は、俺が思っていたよりも遥かに大きかったようだ。そして、そんな彼女たちと同盟を結んだ効果は、言わずもがなだった。


 脱出計画に懐疑的、もしくは最初から失敗を確信して笑いにきていた閲覧者の態度が一変したのだ。

 俺はゴールドランクであり、ザ・ワンと呼ばれてはいたが、その他に興味を惹くような情報はほとんど出回っていない。というよりも、他に噂されるような行いなど、何一つしていないのだ。


 シューノやエルダーの事件を解決したあとは地方を転々と旅していたし、その間に他のプレイヤーとパーティを組むこともあまりなかった。要するに周りからは、たまたまサービス初日に起きた一大事件を解決して、たまたまゴールドクラスのネイティブと契約できた、とても幸運な初期組といった程度の認知度だったのだ。

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