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「この街の貴族かなにかか?」

「この街のというより、この都市の、だな。船団都市を運営する王船のメンバーのひとりだ。ここが居住船、商業船、天恵船、王船に分かれてるのはオズロッドから聞いたか?」

「簡単にだが」

「じゃあ良い機会だ。あいつの顔をよく覚えておけ。王戦に住む奴らはどいつも、船団都市を作った最初の海賊たちの血を継ぐ家柄だ。そしてそのなかでも、オクトーはリバーサイド家っつー血統書のなかの血統書を持つお坊ちゃんだ。将来、船長になるのもあいつだと言われてる」

「つまり船団都市の王子というわけか……ふむ、だが何故、皆そんなに気を荒立てているんだ? どうも、そんな格式高い相手を前にした態度とは思えないのだが」

「こいつは噂だが、あいつは裏でクラッカーカンパニーと繋がってるって話だ」

「なに?」

「ジャスたちが好き放題し始めた時期と、あいつが実権を握り始めた時期が一致してる。特に船団都市全体が金の工面に困らなくなったのと、カンパニーが人身売買に手を出し始めたのはほぼ同時期だ」

「……それだけでは判断材料として弱いのではないか?」

「煙のないところにはなんとやら、だ」

「オクトーは頻繁にここを訪れるのか?」

「いや、前に来たのがいつだったかも思い出せねえな」


 リズレッドは仰々しく行進する一段を窓から覗きつつ、思案した。

 裏でカンパニーと繋がっているという噂のオクトーが、パイルと交戦を繰り広げた後日に商業船を訪れた。

 それが偶然なのか、それとも必然なのか。


 だがそこで、地面を叩く馬のひずめの音がぴたりと止まった。

 はっとリズレッドが顔を上げると、行進の一団が主人に合わせて規律良く止まり、次に兵士たちが円陣を形成した。


 商業船の住人たちのざわめきが次第に大きくなる。

 突然の訪問ばかりか、歩みを止めて街路を陣取るなど、ただことではない。


 周囲の目線を一身に浴びながらも、それを全て受けきるような泰然さをオクトーが見せた。

 馬の上からゆっくりと民主を睥睨する様は、まるきり一国の王子と変わらぬ気風だった。


「皆の者、突然驚かせてしまい済まない。そう固くならずに聞いてほしい」


 太陽の下で輝く金髪と、青く澄んだ瞳が印象に残る男だった。


「今日は間近に控えた豊漁祭の視察に来た。年に一度の、我々が神に感謝を贈る大切な儀式の日だ。私も毎年、これを楽しみしている」


 人だかりのなかで、ひとりの男が叫んだ。


「俺たちは犯罪人の末裔だぜ! 神に感謝なんて贈るだ? そんなもん、あっちも願い下げだろうぜ。俺たちはただ、馬鹿騒ぎがしてえだけだ」


 周囲もそれに同調するように首肯するか、同じように野次を飛ばした。

 兵士たちが「口を慎め」と威嚇し、剣を抜こうとしたところを、オクトーが手振りで静止した。


「神は犯罪人ですら拒絶しないよ。何故なら犯罪という行為自体、神が作ったものだからね。我々は神が与えた物しか享受できない」


 どこかで聞いた言葉だった。


「神が犯罪を作った? じゃあ俺たちは、なんで世界から非難の目を浴びてるんだ」


 それに食ってかかる男の声に、馬にまたがる時期船長は、次の応えを待ちわびる周りの注目が自分へと十分に注がれるのを待ったあと、厳かに告げた。


「試練だ。私たちは犯罪人の末裔だが、神に祈る気持ちを忘れたわけではない。天恵船という神への感謝を捧げる船を造り、祖先が犯した罪を注ぐ努力を惜しまない。その敬虔さを養うために、神は我々にこの境遇をお与えになったのだ」


 リズレッドは窓からその問答を黙って聞いていた。信心深いとも盲信とも、どちらにも取れるものだった。

 昨夜、主人とオズロッドが語っていたジャスの言葉が思い起こされた。自分は神が用意したものを、ただ使っているだけだと語る狂気の男の言葉を。

 彼とジャスは裏で繋がっている――もしそれが本当だとすれば、オクトーの言葉は後者の意味を孕んでいる。

 だが逆だとすれば、模範的な神の徒と言えた。


 オクトーは眉を寄せて理解しがたい様子を見せる男に対して、にこりと笑った。


「まあ、難しい問答はまた別の機会に行おう。今日は君たちに、私の誠意を知ってもらうためにここに来たんだから」


 そう言って指を鳴らすと、物陰から待機していた兵が姿を表した。五人のフルプレートを来た兵と全く同じ装いだが、唯一違うのは、縛り上げた何者かを連行していることだった。

 縄で上半身の動きを封じ、嫌がるペットでも連れ歩くように強引に往来へと歩み出る。


 暗がりから出てきたその何者かの顔を認識したとき、リズレッドがはっとなった。

 連れ出されたのは、昨夜アミュレが助けた盗賊崩れの男だった。


「君たちも昨夜、大きな炸裂音とボヤ騒ぎがあったのは知っているだろう? この男はその張本人だ。 我々は守るべき民の生活を脅かす行為を行う者を、絶対に許さない。そして――裏でクラッカーカンパニーと繋がっているとわかれば、尚更だ」


 全員からどよめきが起こった。オクトーが裏でカンパニーと繋がっているという噂は、暗黙のなかで広く認知されていた。

 その彼が、公衆の前でこうして名指しで非難を行うことがどういう意味を持つのか。

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