38
「君はカンパニーの手先となり、民に危険行為を行った。そうだね?」
馬の上からオクトーが言った。答えを促しているというより、単純に確認するために告げた言葉だった。
盗賊崩れは猿ぐつわの下から、イエスともノーとも取れない呻きを上げながら、必死に許しを乞おうともがいていた。
「昨夜、酒場で息巻いていた君を、複数の人間が目撃しているよ。俺もこれでカンパニーの一員だ、とまくし立てていたこともね」
全員が縄で縛り上げられた男を見た。
彼らにしてみれば、カンパニーは自分たちの商売の利益を、不当に巻き上げていく怨敵だ。そこに組み入ろうとする男の言動は、大きな反感を抱かせるには十分だった。
気づけばオクトーに向けられていた敵意が、流れを変えて一点に集まっていた。手の届かない馬上の王子へではなく、拘束されていまにも消え失せてしまいそうな、手頃な相手へと。
「待――」
リズレッドは咄嗟に声を上げそうになった。が、
「待て」
主人がそれを牽制した。
そして、その一瞬の躊躇が、縛り上げられた男の明暗を分けた。
「船団都市の利益を不当に奪うカンパニーを、私は許さない。むろん、この男もだ」
オクトーが滑らかな口調で告げた。そして腕を天高くあげると、自らの腕を刀に見立て、それを真っ直ぐに振り下ろした。
それが合図となり、兵士のひとりが腰の剣を引き抜くと、同じようにそれを掲げ、男の首めがけて振り下ろした。
血しぶきが飛んだ。
男の胴体がだらりと弛緩し、地面に倒れ込むのと、少し離れたところで、硬いなにかが地面の転がり落ちる音が響いたのはほぼ同時だった。
人だかりに悲鳴が起こった。転がったのは、男の胴体から分離した頭部だった。
リズレッドは唖然としてその光景を見た。アミュレが命をかけて救った命が、目の前であっさりと消えてしまったのだ。そしてオクトーが部下に命令を下す直前、彼はこう言っていた。
昨夜のボヤ騒ぎ、と。
――それを起こしたのは、あの盗賊崩れの男ではない。
彼はただ彼女のアイテムを盗んだだけだった。およそ街への直接的被害を加える行為は行なっていない。
では、そのボヤ騒ぎとは誰が行なったか?
考えれるのは、ラビと合流する前に魔堕ちへの牽制で放ったファイアだった。
十分、他の家屋へと燃え移らないように注意をして放ったが、事後の確認をしたわけではない。
そう。オクトーが言い放った罪は、リズレッドが犯したものだった。
「――なぜ、止めた」
「あそこで出て行ってもなにもならねえよ。たとえこっちに正当性があろうと、王船連中の決定を途中で止めることなんてできねえし、できたとしたらそっちの方が問題だ。奴らの顔に泥を塗ることになるんだからな」
「あの男が殺される理由などなかった」
「おいおい、落ち着けよ」
自分をなだめる主人を見て、ようやく自分が激昂しかけていることに気づいた。
いつも冷静であれと弟子に言い聞かせている自分自身が、今、船団都市最大の権力者に歯向かおうとしていたのだと。
「……ここでは、いつもこんなことが起こっているのか」
「まあ、治安は見ての通りさ。だがそれにしたって、最近は少し異常だ。裏できなくせえことが起こってるのかもな」
「……」
リズレッドは心のなかで、この旅のなかで芽生え始めていた人間への信頼が、わずかに陰るのを感じた。
魔王という倒すべき宿敵がありながら、無駄に自主族同士で殺しあう。その無意味さにも気づく気配もないとは。
気づけば男の亡骸は片付けられ、どこかへと運ばれていた。
どうやら表に見える兵士の裏で、それ以上の数の護衛を付けているようだった。
街の汚れを掃除した、と言わんばかりに清々しい顔つきをしたオクトーが、馬の腹を蹴って前進を指示した。
振り返りざま、彼の青瞳がちらりと一点に向けられた気がした。窓の影から自分を覗く、リズレッドへと。
あとに残された住人は、口々に彼をどう評価するべきかを語り合っていた。
カンパニーと繋がりがあると噂されていた男が、表立って宣戦布告をしたのだ。
喧嘩っ早い商業船の男たちは、それを賞賛をする声を上げていた。ちらほらと聞こえる疑念の声は、その叫びによってかきけされ、次第に熱にほだされ、同じような賛同の声へと変わって行った。
「オクトーの狙いはなんだ? 時期船長がほぼ決まっている男が、表立って危険因子にわざわざ敵意を示す理由は。……いや、そもそもこれは、本当に宣戦布告なのか。 彼が捌いたのは、末端の構成員というわけでもない、一時的に雇っただけの男だ。 ファミリーにとっては、痛くも痒くもない」
「さあな。だがひとつ言えるのは、オクトーを指示する声が、これで圧倒的に高まったってわけだ。散々カンパニーに痛い目を見せられてきた奴らを、うまく抱きかかえやがった」
「民衆の人気を得たいのか? オクトーと時期船長の座を争う対抗馬は?」
「いねえよ。王船はあいつの独壇場だ。自分の家よりも居心地が良いだろうぜ」
いよいよ訳がわからなくなった。
ここで無断に争いの種を蒔く必要も、支持率を上げる必要もないのだ。だがオクトーは白昼堂々とそれをやった。
船団都市に着いて日の浅いリズレッドには、そこに含まれる意図を読み取ることができなかった。もっとも、本当に裏の意図があればの話だが。
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